復帰直後の沖縄〈50年前きょうの1面〉10月2日「自衛隊機、年内に46機配備」―琉球新報アーカイブから―


この記事を書いた人 Avatar photo 滝本 匠

 1972年5月15日に沖縄が日本に復帰してから今年で50年。27年間のアメリカ施政権下から脱して「祖国」の日本に戻るカウントダウンが進む中、本土との格差是正、自衛隊配備や米軍基地の取り扱い、ドル―円の通貨切り替え問題、初の知事選など、大きな歴史のうねりに翻弄される島の住民は山積する課題に直面する、そんな時代だった。復帰した後の沖縄の発展を展望しつつも、さまざまな制度変更にさらされる行政と政治。琉球新報の紙面もその歴史の一日一日を刻んでいった。

 

 日本「復帰」した1972年10月2日の琉球新報1面トップは、「『総合開発庁』設置へ/列島改造で行政機関を一本化/沖縄開発庁も包含/県民へのシワ寄せ懸念」との見出しで、田中内閣の表看板である「日本列島改造論」の推進に伴う行政機関改革で、発足したばかりの沖縄開発庁も経済企画庁や北海道開発庁などと統合する可能性が出ていることを伝えている。

 関連して、帰国した田中角栄首相と記者団との昼食懇談で「〝尖閣〟にも触れた/首相、日中会談エピソードを披露」との見出しで、記者団に語った内容を掲載している。それによると田中首相の発言要旨として「周首相との会談で私の方から『尖閣列島の領有権問題をはっきりさせたい』と持ち出したが、周首相は『ここで議論するのはやめましょう。地図にものっていないし、石油が出るので問題になったというわけですがね』と正面から議論するのを避けた」という。

 沖縄の日本「復帰」に伴う自衛隊配備に関し「自衛隊機、年内に46機を配備/那覇空港、軍事優先化へ」との見出しで、F104J迎撃戦闘機が20機、P2J対潜哨戒機6機のほか練習機やヘリを含めて46機が配備される計画を防衛庁が発表したと紹介している。記事では「問題はこれが全部那覇空港に配備されることで、那覇空港は民間空港とは名ばかりで、米軍や自衛隊の戦闘機や対潜しょう戒機と雑居した軍事優先の空港になる懸念が強まっている」と指摘。「運輸省大阪航空局那覇空港事務所の佐藤亮吾空港長は『県民の自衛隊に対する感情や空港の現状からしてそんなに急ぐ必要はない。飛行機を飛ばすのはいいが、空港がガタガタになってしまう。空港の管理運営にあたっては民航に支障をきたさないというのが原則でなければならない』と批判的な見方をしており、防衛庁と運輸省の微妙な対立を示している」と紹介している。

 関連して「自衛隊の沖縄配備に反対/『10・1佐世保集会』開く」との見出しで、長崎県佐世保市で反安保全国実行委員会が開かれたことを伝えている。

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 5月15日で復帰を迎えたが、沖縄を取り巻く状況は復帰して変わったこともあれば、変わっていないこともあった。琉球新報デジタルは、復帰を迎えた沖縄のその後の姿を琉球新報の紙面でどう記したか、引き続きお届けしていきます。