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ウクライナ一部併合 複合的自己意識に理解を<佐藤優のウチナー評論>


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佐藤優氏

 9月30日、ロシアのプーチン大統領が、ウクライナの「ドネツク人民共和国」、「ルガンスク人民共和国」、ザパロジエ州、ヘルソン州の代表者と、これら4地域がロシア連邦に編入されることを定めた条約に調印した。調印に先立って4地域ではロシアへの編入の是非を問う住民投票が行われ、地元当局の発表では圧倒的多数が編入に賛成した。条約は3日に国家院(下院)、4日に連邦院(上院)で批准された。

 欧米や日本では、ロシア軍占領下で行われた「いかさま住民投票」で民意は反映されていないと報道されている。ロシアの報道では、2014年にウクライナ政府軍と親ロシア武力勢力が衝突を起こして以来、地元住民はロシアと統合することを切望していたという。テレビの取材に応じる住民も、心の底からロシアへの編入を歓迎していると言う。当局によってそのように発言することを強要されているようには思えない。ロシアへの編入を歓迎する住民を選択してテレビに出しているのであろう。

 筆者は欧米や日本の報道もロシアの報道も4地域の住民の平均的な声を反映していないと考えている。この地域の住民は戦争に疲れ果てている。元々この地域に加えニコラエフ州、オデッサ州はノボロシア(新ロシア)と呼ばれていた。人々は日常的にロシア語を話し、宗教はロシア正教だ。

 ウクライナ・ナショナリズムが強い西部のガリツィア地方の人々とノボロシアの人々はアイデンティティーがかなり異なる。ガリツィア地方の人々は日常的にウクライナ語を話し、ユニエイト教会(東方典礼カトリック教会、儀式はロシア正教会に似ていて下級司祭の妻帯が認められているが、教義的にはカトリックの立場をとる)の信者が多い。第2次世界大戦中、この地域のウクライナ人でナチス・ドイツ軍に協力した人々が少なからずいる。

 ノボロシアの人々はロシア人とウクライナ人の複合アイデンティティーを持っていた。より正確に言うと、自分がウクライナ人かロシア人かを選択する必要に迫られることがなかったのである。それが今回の住民投票でロシア人かウクライナ人かを選択せざるを得なくなった。

 われわれ沖縄人にはこの状況が想像しやすい。沖縄県民ではなく琉球人であるという強固なアイデンティティーを持つ独立論者を除けば、大多数の沖縄人が日本人との複合アイデンティティーを持っている。日本語を常用し、日本語で思考する沖縄人であっても、他の日本人とは異なる自己意識を持っている。ロシア人には、ノボロシアに住むロシア語を常用し、ロシア正教を信じるが、独自のアイデンティティーを持つ人々がいることを皮膚感覚として理解できない。

 2014年のマイダン革命でウクライナ民族主義者が政権を奪取したウクライナでは、ノボロシアの人々にウクライナ人になることを強要した。このウクライナ化政策についていけなかった人々が、ロシアの傘の下での方が平穏な生活を維持できると考えているというのが実態と筆者は見ている。

(作家・元外務省主任分析官)