復帰直後の沖縄〈50年前きょうの1面〉11月1日「〝軍人こそ被害者だ〟米側が従業員射殺時件で」―琉球新報アーカイブから―


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 1972年5月15日に沖縄が日本に復帰してから今年で50年。27年間のアメリカ施政権下から脱して「祖国」の日本に戻るカウントダウンが進む中、本土との格差是正、自衛隊配備や米軍基地の取り扱い、ドル―円の通貨切り替え問題、初の知事選など、大きな歴史のうねりに翻弄される島の住民は山積する課題に直面する、そんな時代だった。復帰した後の沖縄の発展を展望しつつも、さまざまな制度変更にさらされる行政と政治。琉球新報の紙面もその歴史の一日一日を刻んでいった。

 

 日本「復帰」した1972年11月1日の琉球新報1面トップは、「〝軍仁こそ被害者だ〟米側、従業員射殺時件で回答/〝公平欠く犯罪告発〟/怒る知事、全く反省見られず/『盗人たけだけしいグ司令官』」との見出しで、屋良朝苗知事が在日米軍のグラハム司令官に対して犯人の即時引き渡しなどの抗議文を送ったことに対する対応として、逆に沖縄側の姿勢を批判する内容を返答してきたことを報じている。

 記事では、グラハム司令官の知事への回答内容として「①貴殿は、調査に当たってわれわれが正当な法の手続きを無視したと非難しただけではなく、伍長の有罪を自分で決めてかかっており、本官は非常に迷惑している②また、米軍が沖縄住民に対して非常にたくさんの暴力的犯罪を行ってきたと告発しているが、これは明らかに公平を欠くものであり、単に政治的な理由でなされたものだ③公平にいえば米軍人軍属はしばしば沖縄住民による暴行や強盗などの重大犯罪の犠牲者にされてきたことを認識すべきである④米国が日本に基地を持っているのは、本来、日本国民の軍事防衛を援助するためであり、そのことはみなさんがもっとよく認識しなければならない」と記している。

 嘉手納基地へのB52米戦略爆撃機の飛来を受けて「B52飛来阻止へ/議会代表団7人が上京」との見出しで、県議会の抗議決議・意見書、基地総点検の要求決議を携えた超党派の代表団が東京要請へ出発したとの記事を掲載している。

 関連で「基地点検の要求を無視/田中首相/『極東条項』変えず」との見出しで、国会での代表質問の様子を報じている。

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 5月15日で復帰を迎えたが、沖縄を取り巻く状況は復帰して変わったこともあれば、変わっていないこともあった。琉球新報デジタルは、復帰を迎えた沖縄のその後の姿を琉球新報の紙面でどう記したか、引き続きお届けしていきます。