復帰直後の沖縄〈50年前きょうの1面〉10月29日「B52に抗議『この恐怖、怒り知れ』」―琉球新報アーカイブから―


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 1972年5月15日に沖縄が日本に復帰してから今年で50年。27年間のアメリカ施政権下から脱して「祖国」の日本に戻るカウントダウンが進む中、本土との格差是正、自衛隊配備や米軍基地の取り扱い、ドル―円の通貨切り替え問題、初の知事選など、大きな歴史のうねりに翻弄される島の住民は山積する課題に直面する、そんな時代だった。復帰した後の沖縄の発展を展望しつつも、さまざまな制度変更にさらされる行政と政治。琉球新報の紙面もその歴史の一日一日を刻んでいった。

 

 日本「復帰」した1972年10月29日の琉球新報1面トップは、「この恐怖、怒り知れ/B52に抗議、村民大会開く/嘉手納/政府の弱腰も糾弾」との見出しで、B52米戦略爆撃機の嘉手納基地への再飛来に対する地元嘉手納村での抗議大会の様子を伝えている。村民大会だけでなく、県議会の各派交渉会でも臨時議会で抗議決議採択の方向を確認したことや、県庁も本土政府に対するB52に関する要求内容を協議したことも紹介している。

 2番手記事の左肩には「B52、遅れる全機退去/離陸、けさまでかかる」との見出しで、嘉手納基地に飛来の103機のB52が28日午前8時から離陸を開始したが、外務省の発表の「28日中に全機帰還」に反して、29日午前0時時点で残り41機が駐機したままの状況になっていることを伝えている。

 関連で県議会の動向も別記事で掲載。「あす臨時議会開く/県議会、国会に要請団」との見出しを掲げている。さらに別稿で「復帰協も抗議大会/きょう嘉手納に5千人動員」との見出しで、復帰協主催の抗議大会の開催予定を伝えている。

 

 

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 5月15日で復帰を迎えたが、沖縄を取り巻く状況は復帰して変わったこともあれば、変わっていないこともあった。琉球新報デジタルは、復帰を迎えた沖縄のその後の姿を琉球新報の紙面でどう記したか、引き続きお届けしていきます。