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ローマ教皇と偏見 キリストの教え 立ち返れ<佐藤優のウチナー評論>


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佐藤優氏

 ウクライナ戦争に関連して極めて不快かつ危険な出来事があった。

 〈フランシスコ・ローマ教皇が、ウクライナ侵攻を続けるロシア軍の兵士のうち少数民族のチェチェン人とブリヤート人が「最も残虐だ」と述べ、波紋を広げている。チェチェン人とブリヤート人はそれぞれイスラム教徒とチベット仏教徒で、キリスト教徒から見て「異教徒」の少数民族がやり玉に挙げられた形。プーチン政権は、外交ルートを通じバチカン(ローマ教皇庁)に抗議した。/教皇はイエズス会系の米誌アメリカ(電子版)とのインタビューで、キリスト教徒が多いウクライナでの犠牲者と残虐行為の関係に言及。「最も残虐なのは、ロシア国民でもロシアの伝統に従わないチェチェン人やブリヤート人らだ」と主張した。/(中略)ロシア側は教皇の発言に猛反発。タス通信によると、ザハロワ外務省情報局長は(11月)28日、「もはやロシア嫌いの域を超え、理解不能なレベルの倒錯」と批判した。チェチェン高官は「この論理なら、次に教皇が発表するのはロシアに対する十字軍遠征だ」と訴え、イスラム教徒への蔑視を問題視した〉(11月30日、時事通信)

 この問題が深刻なのは、懇談の場で出た不規則発言ではなく、イエズス会系の雑誌(電子版)に掲載されたからだ。ローマ教皇庁はしっかりした官僚組織を持っている。フランシスコ教皇の発言は、雑誌に掲載される前に教皇庁が組織として入念にチェックする。そのチェックの過程で、教皇の発言が差別的であるということにカトリック教会という組織が気付かなかった。

 チェチェン人やブリヤート人という民族的属性と残虐性を結びつけるのは、明らかな差別だ。さらにチェチェン人はコーカサス系でスンナ派のイスラム教を信じる人が多く、ブリヤート人はモンゴル系でチベット仏教を信じる人が多い。教皇の発言の背景には、民族的かつ宗教的な二重の偏見がある。フランシスコ教皇は、この発言を直ちに撤回し、謝罪するべきだ。

 他方、ロシア正教会のウクライナ戦争に対する姿勢にも深刻な問題がある。9月25日の説教でロシア正教会の最高指導者であるキリル総主教は「教会は、もし誰かが義務感、誓いを果たす必要性に駆られて、自分の召命に忠実であり続け、軍務の遂行中に死ぬならば、その人は確かに犠牲に等しい行為を行っていると理解します。他人のために自分を犠牲にする。そして、この犠牲によって、人が犯したすべての罪が洗い流されると信じています」(9月25日モスクワ総主教庁HP、ロシア語から筆者訳)と述べた。

 この戦争が聖戦なので、そこで戦死することはキリスト教信仰のための殉教なので、罪が全て許されるという論理で、戦争への参加を奨励している。

 筆者はプロテスタントのキリスト教徒だ。カトリック教会、正教会の兄弟姉妹に、〈平和を造る人々は、幸いである/その人たちは神の子と呼ばれる〉(「マタイによる福音書」5章9節)というイエス・キリストの教えに立ち返ろうと呼びかける。

(作家・元外務省主任分析官)