龍潭のほとりで生まれた詩、推敲50年 初詩集で受賞 山之口貘賞の林慈さん「誰でも読める詩を」の思い続け 


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社
詩作の基になる言葉を書きためたファイルを手に、受賞の喜びを語る林慈さん=11月28日、那覇市の自宅

 「貘さんの名を冠する賞をいただけるのは、言葉で表せないほどうれしい」。第1詩集「浜紫苑(ハマシオン)」で第44回山之口貘賞に選ばれた林慈(はやしめぐむ)さん(73)=那覇市=は笑顔を弾けさせる。受賞作には若い頃から書きため、何十年もかけて推敲(すいこう)してきた詩をまとめた。

 初めて詩を書いたのは中学生の頃。首里高校で所属した文芸サークルの部誌「養秀文芸」には同校出身の詩人、山之口貘の詩が載っていた。「こういう詩が書けたらいいな」と憧れた。貘の詩で好きなのは「座蒲団」。「生活の苦しみを突き抜けた視点がある」と語る。

 卒業後、仕事が忙しくなると発表の機会は減ったが、詩は書き続けた。生活の中で「心の琴線に触れた思い」を手帳に書きとめ、休日などに詩にする。時間をおいて何度も推敲を重ねた。さまざまな言葉を分類して書きとめた「言葉の宝石箱」から合う言葉を選び「ジグソーパズル」のように仕上げていく。

 『浜紫苑』に掲載した詩「さざれ石」は20代の頃の草稿「石ころの歌」を基にした。「龍潭のほとりで友人とおしゃべりしていたら木立の間から石が転がり、ポチャンと落ちた。これを描くだけでは短いので推敲を重ねた」。50年余を経てがらりと違う詩となった。

 糸満市の平和の礎に刻まれた祖父母を思う詩など、平和への願いも込める。ただ世界から戦争はなくならない。「詩も自己満足ではないかと無力さを感じることがあった」と語る。受賞を励みに「胸の内から湧き出る思いを書いていきたい」と前を向いた。

(宮城隆尋)


〈ひと〉心磨き やさしい言葉で

 言葉に人一倍こだわって詩を書く背景には「審査員や研究者ではなく、義務教育を終えた人なら誰でも読める詩を書きたい」との思いがあるからだ。第44回山之口貘賞に選ばれた詩集「浜紫苑」の「あとがき」にも「老若男女に気軽に味わっていただきたい」と記した。

 難解と言われる戦後詩、現代詩よりも、山之口貘や島崎藤村らの近代の詩を読んできた。詩の全国誌などに掲載される難解な詩を読むたび、戸惑いを感じてきた。

 ただ近年の山之口貘賞受賞詩集を読んで「東京の詩とはだいぶ違う。自分の詩も間違っていないのかもしれない」と勇気づけられ、詩集発行を決断したという。

 詩とともに児童文学も創作している。2018年には琉球新報児童文学賞の創作昔ばなし部門で佳作に入賞した。今年9月には第2詩集「九月の風」を発行。「一般の方々に直接、詩を届けたい」と詩の展示会も2回開くなど、詩の可能性を追求している。

 18年ごろから名乗る筆名「林慈」には「自然を慈しむ心を持ち、思いやりを持てる人間として生きたい」との思いを込めた。ウオーキングで目にしたトントンミーも詩の主人公にした。小さな生き物にも目を配り、題材にする。

 「詩人の心を常に磨いておかないと、見過ごしてしまう大切なものがたくさんある。みずみずしい少年のような感性を持ち、書き続けたい。ここからがスタートだ」と気持ちを新たにする。那覇市大道出身。73歳。