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力と交換様式 現状は帝国主義の反復<佐藤優のウチナー評論>


この記事を書いた人 Avatar photo 滝本 匠
佐藤優氏

 沖縄の米軍専用施設過剰負担問題、ウクライナ戦争、米中対立などに関する国際政治学者の論評はほとんど役に立たない。この人たちの世界観がニュートンの古典力学的な力の均衡論で、歴史や文化をはじめとする目には見えないが確実に存在する力の要因を無視しているからだ。世界の現状を深いレベルで認識するのに柄谷行人氏(思想家、文芸批評家)が10月に上梓した「力と交換様式」(岩波書店)で展開した思想がとても役に立つ。

 分析の前提となる柄谷氏の時代認識が秀逸だ。新自由主義は東西冷戦の唯一の勝者である米国の覇権確立と見なされているが、この見方が間違っていると柄谷氏は考えている。米国の覇権が失われ、多極化構造に世界が変化している中で、帝国主義列強が切磋琢磨(せっさたくま)する時代が反復していると見る。

 <20世紀末に生じた“新自由主義”なるものも、それに類似している。それは、アメリカの自由主義、すなわち、アメリカ資本の絶対的優位が失われ、ドイツや日本などと競い合うようになった段階を意味する。ゆえに、それはむしろ“新帝国主義”時代と呼ばれるべきだろう。のみならず、それはまた、第二次大戦の終わりとともに消滅した“ファシズム”をも復活させた。もちろん、そのような名で語られるわけではない。それは各地で、新種のナショナリズムあるいはボピュリズムとしてあらわれるだろう>(312~313頁)。

 ウクライナ戦争も米中対立も帝国主義的勢力再編の現れなのである。帝国主義国のエリートに対抗するために中堅国では国家や民族の結束を強めるファシズムが台頭しているのだ。

 こういう世界の構造を成り立たせている原理を柄谷氏は、四つの交換様式という理念型(モデル)を設定することで整合的に説明しようとする。

 <交換様式には次の四つがある。/A 互酬(贈与と返礼)/B 服従と保護(略取と再分配)/C 商品交換(貨幣と商品)/D Aの高次元での回復/私がこのように考えるようになったのは、経済的ベースを生産様式(生産力と生産関係)に見出すマルクス主義の見方ではうまく説明できないことが多かったため、それがさまざまな形で批判され、最終的に、経済的ベースという考えそのものが否定されるにいたったからだ>(1~2頁)。

 Aでは氏族、Bでは国家、Cでは資本が優位になる。近現代の社会は氏族、国家、資本の原理が絡み合っているが資本が優位を占める経済社会である。こういう社会では<今後に、戦争と恐慌、つまり、BとCが必然的にもたらす危機が幾度も生じるだろう>(396頁)と予測する。ただし、絶望するには及ばない。<しかし、それゆえにこそ、“Aの高次元での回復”としてのDが必ず到来する>(396頁)と柄谷氏が信じているからだ。このDをある時期、柄谷氏は共産主義とかアソシエーションとかいう用語で表現していた。それが「力と交換様式」では、キリスト教神学に接近してイエス・キリストの再臨との類比(アナロジー)で捉えている。沖縄人がニライカナイ、オボツカグラと表現した目には見えないが確実に存在する世界にもDの要素があると思う。(作家、元外務省主任分析官)

(作家・元外務省主任分析官)