戦争と性暴力の関係 なお未解決、暴発の兆し 宮城公子(沖縄大教授)<女性たち発・うちなー語らな>


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社
宮城公子氏

 与党内部からさえ「規模ありき」だと批判的にも見られているらしい、防衛費の肥大。県内における自衛隊員の倍増計画。経済的苦境の声が人々から次々と上げられる中、むちを振るうような増税方針は、未来の国民を苦境に陥らせることになるであろう、国債を充てよという意見もある。

 国防、国防と荒立つ人々が増えていく中、厭(いと)わしい声がふと思い出された。かつて国防を下品なジェンダー観で例えた人の暴言が、胸に澱(おり)のようによどんでいた。再確認してみて慄然(りつぜん)とする。1999年、防衛政務次官だった西村真悟氏は集団的自衛権に反対の社民党(当時)女性議員に、「言うてやった。『お前が強姦されとってもオレは絶対に救ったらんぞ』という原理ですわ」「国防とは『我々の愛すべき大和撫子(なでしこ)が他国の男に強姦されることを防ぐこと』」と発言したのだ。

 戦争や紛争と性暴力の陰鬱(いんうつ)な相関は歴史上おびただしくあり、現在も例えばウクライナからの多数の証言や報告(ロシアも数件ウクライナの性暴力を主張)が出ている。沖縄における駐留米軍のそれも戦中戦後と継続中だ。一方で当事者たちや加害者の証言を得てもなお、自国の戦時の性暴力の歴史を封殺しようとする、慰安婦問題などの矮小(わいしょう)化も試みられ続ける。

 自国の女性がレイプされることを防ぐためにも「核武装した方がええ」という西村氏の言は、攻撃側になれば自国の男性が他国の女性をレイプするものだという醜悪な女性差別を前提としており、政務官次官辞任とはなったが特に謝罪はなかった。同年の雑誌インタビューでは、罪にならなければみんな強姦魔になるが、法の抑止があるからしないとも発言していて、強姦の抑止=法=軍事的抑止力が一線に並べられる。女性だけでなく、強姦を峻拒(しゅんきょ)し、核の抑止力と性刑法の混同を嘆息する男性に対しても、彼の言葉はただの汚わいではある。

 しかし、戦争や紛争と性暴力は世界各地で結びついてきているという構造を分析する研究は多くあるが、事態の解決には至っていない。肉体の死をいとわない戦時暴力と、魂の殺人と言われる性暴力は突発的に響き合うのだろうか。

 授業でこうした話をすると涙ぐむ学生も多い。しかし感想の多くは、今こんな暴力のない日本でよかったというものでも、ある。ずっとそう言えればと心から願う。だがそうならなくなる可能性の萌芽(ほうが)はずっとあり、今、暴発しかけているとも感じる。それでも西村氏の言を心底払底できる言葉を探りたい。