1972年5月15日に沖縄が日本に復帰してから今年で50年。27年間のアメリカ施政権下から脱して「祖国」の日本に戻るカウントダウンが進む中、本土との格差是正、自衛隊配備や米軍基地の取り扱い、ドル―円の通貨切り替え問題、初の知事選など、大きな歴史のうねりに翻弄される島の住民は山積する課題に直面する、そんな時代だった。復帰した後の沖縄の発展を展望しつつも、さまざまな制度変更にさらされる行政と政治。琉球新報の紙面もその歴史の一日一日を刻んでいった。
日本「復帰」した1972年12月13日の琉球新報1面トップは、「月間2.3%の記録的上昇/11月の卸し売り物価で日銀発表/木材24.8%も暴騰/年幅7%以上、食料品など軒並み」との見出しで物価高となる傾向を伝えている。
衆院選と同時に実施された最高裁判官の国民審査の結果を伝える記事では「下田氏不信任39%も/沖縄/響いた〝核付き返還〟発言」との見出しで、駐米大使時大に「沖縄の核付き返還論」を発言した最高裁の下田武三裁判官の不信任が39.6%となり、沖縄県民の反発の高さが表れていると報じている。
在沖米軍の沖縄外訓練について「在沖米海兵隊、北富士演習へ」との見出しで、第3海兵師団の大隊約1100人が米軍北富士演習場での演習のため、嘉手納空軍基地から演習場に向かったと伝えている。
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5月15日で復帰を迎えたが、沖縄を取り巻く状況は復帰して変わったこともあれば、変わっていないこともあった。琉球新報デジタルは、復帰を迎えた沖縄のその後の姿を琉球新報の紙面でどう記したか、引き続きお届けしていきます。