日本復帰70年 沖永良部に記念碑を 有志ら継承へ語る会 鹿児島・和泊町


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当時の写真を見ながら復帰運動について語る参加者ら=2022年12月25日、鹿児島県和泊町国頭

 【沖永良部】鹿児島県和泊町国頭の西村富明さん宅で12月25日、1953年の沖永良部島の日本復帰を語る会が行われた。高校生として復帰運動に励んだ参加者らは当時の思い出や、日本復帰から70年がたつ2023年を迎えるに当たり記念碑を建立する計画などについて語り合った。

 沖永良部島は復帰の前年、奄美群島復帰に際しては与論島と共に対象外となるという新聞報道を受け、高校生を中心に危機感が高まり、復帰運動が盛り上がった経緯がある。

 参加した川間佳瞬さんは「報道を知った先生が生徒会役員を集め、授業を中止して生徒総会を行った後に生徒たちがメガホンを持って島中に伝えた」と当時の様子を伝えた。福島ミネさんは「島に米軍基地があったので状況が伝わり、復帰も早かったのだと思う」と振り返る。

 主宰した西村さんは「来年は復帰から70年の節目の年、高校に復帰の歌の歌碑を建てたい。当時の高校は組合立で、校庭なども自分たちでつくっていた。やればできるということを若い世代に伝えたい」と訴えた。

 最後に、川間さんは「しかし一方で、われわれは沖縄復帰までの20年間を待てなかったのかとも思う。私は日本人である前に琉球人だ」と思いを吐露した。
 (ネルソン水嶋通信員)