小泉悠氏の危険な言説 根拠なき安保政策共有せず<佐藤優のウチナー評論>


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佐藤優氏

 月刊「文藝春秋」は、日本の政治エリートに無視できない影響を与えるメディアだ。今年は同誌の創刊100周年に当たるので、興味深い特集を行っている。現在発売されている2月号では「目覚めよ! 日本101の提言」という現下日本の論壇で活躍する101人の有識者による提言が掲載されている。その中で、南西諸島、すなわち沖縄の沖合に中国が核爆弾を落とす可能性について論じたものがあるので、この危険な言説について読者と情報を共有したい。

 <ウクライナやポーランドがロシア相手にあそこまでやれるのは、政府の安保戦略を大多数の国民が支持し、「ロシアには屈しない」という覚悟を共有しているからに他ならない。/日本の場合、例えば台湾有事となった際に中国が南西諸島の沖合に核爆弾を一発落として、「アメリカに協力するな」と脅しつけてくることもあるかもしれない。そうなったときに「確かにリスクは伴うが、民主主義国家としてこれこれこういう理由で台湾を支援しなければならないんだ」という国としての安保戦略を平時から政府と国民が共有し、覚悟を共有することができるかどうか。/日本が「平和ボケ」でいられるほど平和だったことは、歓迎すべきことだと、皮肉ではなく私は思っている。一方で、現代における「有事」は「平時」と地続きであるということを、日本人はウクライナやポーランドに学ぶべきかもしれない。>(小泉悠「日本はウクライナで目覚めよ」「文藝春秋」2月号、309頁)

 小泉悠氏(東京大学先端科学技術研究センター専任講師)は、ウクライナ戦争やロシア政治の専門家としてテレビや新聞に登場しているが、同氏の見解は情勢分析の役にほとんど立たないというのが筆者の率直な認識だ。小泉氏のロシア史や民族問題に関する基本知識が不正確であるのに加えて議論に飛躍が多いからだ。「文藝春秋」の論考もいくつかの飛躍の上で成り立っている。

 まず、ロシアのウクライナ侵攻に刺激されて中国が台湾を武力併合する危機が近づいていると決めつけていることだ。ウクライナ戦争で西側連合と対峙したロシアの状況を見て、中国が武力よりも経済成長を優先させ、柿が熟して落ちるのを待つように20年くらいかけて台湾から中国との統一機運を醸成するというシナリオも真面目に検討する必要がある。この観点で県が独自にウクライナ戦争が沖縄周辺に与える影響につき分析することが重要だ。

 最大の飛躍は、小泉氏が∧台湾有事となった際に中国が南西諸島の沖合に核爆弾を一発落として、「アメリカに協力するな」と脅しつけてくることもあるかもしれない∨という予測を、根拠を示さずに述べていることだ。沖縄の沖合に核爆弾が落ちることをゲーム感覚のような軽さで語っている。戦争のリアリティーが理解できていないという点で小泉氏が「平和ボケ」しているように筆者には思えてならない。

 筆者は、小泉氏が述べるような安保政策を沖縄人が日本の中央政府と共有する必要はさらさらないと考える。日本の一部勢力の人々が引き起こそうとする戦争に巻き込まれず、平和を維持するという観点で、県内に住む沖縄人と日本と外国に住む沖縄人が団結することが必要と考える。いずれにせよ小泉氏の沖縄に関する発言から目を離してはならない。

(作家、元外務省主任分析官)