【寄稿】戦争回避の出発点にー「台湾有事」を起こさせない対話プロジェクトに寄せて 12日にシンポ 我部政明氏(対外問題研究会代表)


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「『台湾有事』を起こさせない・沖縄対話プロジェクト」の発足集会で、今後の活動などについて語る登壇者ら=2022年10月15日、沖縄市民会館

 台湾海峡を挟む両岸の戦争(cross―strait war)が、日本でいう「台湾有事」である。基本は、中華人民共和国(中国)と中華民国(台湾)との間での戦争である。そこに米国や日本が参戦すると、戦域が拡大した戦争になる。米中の全面戦争へ拡大しないままだと、この戦域に限定された戦争が継続するのだろう。ただ、まだ戦争は起きていない。名称もついていない。

 「有事」とは戦争である。違いがあるとすれば、前者は「不測の事態」や「危機」で、後者は武力行使の応酬状態であろう。なぜ日本では「台湾有事」論が跋扈(ばっこ)しているのか。

 思うに、戦争が起きることを前提とする「有事」を盾にすれば、国民の視線を戦争から逸(そ)らすことができて、軍事力増強が進めやすいからだろう。戦争という言葉だと、戦争へ強い拒否感が国民の間で巻き上がる。また、台湾での戦争は不可避だと言えば、なぜ不回避なのか、国民から説明が求められる。そんな説明の要らない「有事」論が軍事増強派には便利だからだと思う。

 「不測の事態」を指す「有事」は、予想されない事態=武力行使が「起きる」へと結びつく。その結果、「有事」に備える論議が出現する。戦争とは言わずに、はっきりしない事態(グレーソーン)への言い換えは、曖昧という隙間を突く「有事」論となる。それに煽(あお)られて、メディアを筆頭に戦争反対派も含め国民の多くが、「有事」を呪文のように唱え、戦争が「来る」かのように考え、振る舞っている。それが、今の日本だ。

 台風は「来る」や地震は「起きる」と、表現できよう。戦争は人間が「起こす」のである。だから、人間はその意思で戦争を「起こさない」ことができ、平和を保つことができる。「台湾有事」の言葉を使って肯定あるいは否定をしても、まるで台風の進路予想に一喜一憂するのと同じ。人間のやる戦争を回避できるのは、人間つまり私たちだけだ。

 至る道を知る

 私は「台湾有事」という言葉は使わない。戦争をどのようにして回避できるのかを追求している。戦争を当然視する「有事」論には回避を考える余地はない。当事国の政治指導者たちが、どのような過程を経て、戦争となる武力行使を決断するのかを解明しなければならない。至る道を知らなければ、戦争回避は不可能だ。「有事」論に躍る国民は、台風のように「やって来る」戦争が過ぎ去るのを待つしかない。

 戦争をいかに回避できるのかを探るためには、当事者たちが何を考えているのかを知るのが出発点である。台湾海峡をめぐる危機に直面する台湾ではどのように受け止めているのかを知る機会が、このシンポジウムにある。

 これは、台湾から日本の台湾専門家の間でもよく知られる2人を招き、沖縄の人と対話を目的とする。安全保障分野を専門とする林彦宏(リン・ゲンコウ、LIN Yenhung)さんと日本を含む東アジアの国際関係を専門とする何思慎(カ・シシン、H E Si―shen)さんである。

 手元に届いた報告要旨によれば、林彦宏さんは危機対応のためには台湾独自の軍事力増強は不可欠だと考える。台湾への中国の軍事侵攻に対し西側が結束して軍事支援を増大し、同時にウクライナ侵攻のロシア以上の制裁を課すため中国に勝機はないと判断する。ただ、台湾国内に目を向けると中国との関係を深める派と、対話も拒否する派に分かれているという。多くの台湾人の危機への反応は乏しいのが現実とのことだ。台湾海峡の平和を維持することこそが、中国と台湾の相互利益であり、世界的利益であると結論づける。

 柔軟性

 もう一人の何思慎さんは、岸田政権の進める反撃力を軸にして軍備増強は憲法9条を空洞化させるばかりか東アジアでの軍拡競争を煽り、地域安定を損なうと批判する。日本経済の高い中国依存状態にあることからすれば、日本の参戦は予想されないからだと指摘する。日本での「有事」論により人気を博する蔡政権に釘をさす。日本は今こそ柔軟な対応が必要だという。柔軟性を失って日本が米軍と一体化して軍事力による抑止を追求すると、沖縄と台湾の人々が犠牲を払うことになると警告する。

 このような趣旨だとして、私たちはどのようにすれば両岸を挟んだ戦争に至らないようにできるのか。

 シンポジウムでは、基調講演として稲嶺恵一さん(元沖縄県知事)が、沖縄から見える台湾海峡危機を話す。2つの報告への対話として、沖縄から3人の方が登壇する。この台湾と沖縄の対話全体について、3人の方が論評する予定だ。

 ここで読者は気づいただろう。主催団体の名称には括弧付きの「台湾有事」が入っているではないか、と。日本で使われている「有事」を使ったに過ぎないにせよ、4月以降のシンポジウムでの議論のなかで検討されるに違いない。

 戦争の始まりには、それを引き起こす政治リーダーたちがいる。そのリーダーたちを支持する人々が後ろにいる。そうした人々に向かって、沖縄の人々に何ができるのだろうか。戦争を起こす人々に、私たちは何を伝えればよいのだろうか。答えは、容易に見つからないかもしれない。

 78年前に終わった戦争を生き残った日本人の多くが言っていた。時代の流れで戦争は避けることはできなかったとの同じ言い訳を、今を生きる私たちは繰り返すべきでない。まだ始まってもない戦争なのだからこそ、自らの手で平和を掴(つか)み取る努力が必要だと思う。そのためのシンポジウムである。
 (沖縄対話プロジェクト共同代表)


 がべ・まさあき 1955年、本部町生まれ。慶応義塾大学大学院博士課程中退。琉球大学名誉教授。専門は国際政治。現在、沖縄対外問題研究会代表。

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「『台湾有事』を起こさせない・沖縄対話プロジェクト」の「第1回沖縄・台湾対話シンポジウム」が12日午後1時半から、那覇市の沖縄タイムスホールで開かれる。同時オンライン配信予定。予約不要。参加費500円。問い合わせはtaniyama@ngo-jvc.net(谷山)、okamoto1954@yahoo.ne.jp(岡本)。電話は080(3999)2388(沖縄対話プロジェクト)。