琉球語の公用語化 自己決定権の強化に必要<佐藤優のウチナー評論>


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佐藤優氏

 筆者の病室から防衛省の通信用鉄塔(220メートル)がよく見える。日本の有識者には隣国との戦争に備えろと勇ましいことを言う人が少なからずいる。こういう人たちは戦争になれば、市谷の通信用鉄塔にミサイルが飛んでくるという現実をどの程度、皮膚感覚で理解しているのだろうかと疑問に思う。コンピューターゲームで遊ぶような感覚で台湾有事について論じ、沖縄人に日本防衛の礎になれというような話を聞くとむしずが走る。同時に母や伯母から聞いた沖縄戦の話が昨日のようによみがえってくる。

 沖縄は日本とこれからどう付き合っていけば良いのか。今まで断片的な論考は発表してきたが、そろそろまとめに取りかからなくてはならないと思う。

 しかし、前知事の翁長雄志氏、作家の大城立裕氏と「私も全力を尽くします」と約束したが、履行できそうにないことがあるので、今回はそのことについて記す。それは琉球語の公用語化だ。翁長氏は、政治家として日本と沖縄が対等な立場で結ぶ政治文書を等しく正文である琉球語と日本語で作成することを本気で考えていた。

 「佐藤さん、僕の第一期政権は辺野古問題でエネルギーのほとんどが取られてしまったが、第二期政権ではウチナーグチ復興を始めたい。知恵を出してくれ」と何度も言われた。大城氏は、文学者としてわれわれの言葉である琉球語を回復しなくてはならないと考え、琉球語で創作組踊を書き続けた。翁長氏と大城氏に共通しているのは、公用語たり得る文章語でも使えるウチナーグチの形成だ。歴史的蓄積から首里・那覇方言を中心に組み立てられることになる。筆者も同じ考えで、早急に琉球語正書法の確立が必要と考えた。

 だがこのような公用語を目指す標準的琉球語の形成という発想自体に沖縄の言語学者の反発が極めて強いことを感じた。このような公用語化を目指す動き自体が首里・那覇言語帝国主義で、こうしてできる琉球語は、首里・那覇方言以外の琉球諸語(方言)を駆逐する「キラー・ラングイッジ」(殺人言語)だと言うのだ。大城氏は「琉球諸語を同じ並行的に発展させようというのは非現実的で、それぞれの土地の土産物店であいさつする以上のことはできない。まず標準語となり得る言葉を形成することだ」と言われた。筆者は今でも大城氏と同じ考えだ。

 しかし、どのような琉球語(あるいは琉球諸語)を形成するという課題は、第一義的に沖縄県に現在居住する沖縄人の課題と考えている。在外沖縄人(日本系沖縄人)の一人である筆者としては、自説に固執することで沖縄社会に深刻な分断が生じることを恐れている。だから琉球語の公用語化について筆者はあえて語らないようにしている。

 しかし、いずれかの時期に沖縄人のアイデンティティーと自己決定権の強化との文脈で琉球語の公用化が政治日程に上ってくると筆者は信じている。次世代、あるいは次次世代の沖縄人が自らの言語で自らの魂を表現するようになることを夢見ている。筆者が生きているうちにこの夢が実現することはないだろうが、天国から琉球語が日常的に用いられている沖縄人の生活を見ることは可能と思っている。

(作家、元外務省主任分析官)