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米ロ外相接触 核戦争回避に向け交渉を<佐藤優のウチナー評論>


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社
佐藤優氏

 米ロ間の緊張緩和につながる出来事があった。2日、米国のブリンケン国務長官とロシアのセルゲイ・ラブロフ外相がニューデリーで行われている主要20カ国・地域(G20)外相会合の際に短時間接触した。

 <アメリカ国務省の高官は2日、記者団に対し、ブリンケン国務長官とロシアのラブロフ外相がG20の外相会合が行われていたインドでおよそ10分間、接触したと明らかにしました。/この中でブリンケン長官はウクライナへの支援を継続するアメリカの立場を強調したほか、ロシアとアメリカとの核軍縮条約「新START」の履行の停止を考え直すよう求めたということです。

 /ブリンケン長官はG20の外相会合のあと記者会見を行い、ロシアによる核軍縮条約の履行の停止について「無責任だ」と批判した上で、「互いに条約を順守することは両国の利益だ」と強調しました。/国務省によりますと、米ロの外相が対面で接触するのは、去年2月にロシアによるウクライナへの軍事侵攻が始まって以降、初めてだということです。/一方、ロシア外務省の報道官は地元の国営メディアに対し「ブリンケン長官がラブロフ外相にG20のセッションの移動中に接触を求めた」と述べ、アメリカからの申し出に応じたものだと主張した上で交渉などはなかったとしています>(3日、NHK NEWS WEB)。

 ロシアは「交渉などはなかった」と主張するが、実は米ロの接触を仕掛けたのは、ロシアのプーチン大統領だ。2月21日にモスクワで行われた連邦議会に対する年次教書演説でプーチン氏は、新STARTに関連してこう述べた。

 <今、西側連合はNATOの代表を通してシグナルを送っています。現実に最後通牒(つうちょう)を突きつけているのです。あなた方ロシアは新START条約を含め、合意したことを無条件に実行しなさい。新START問題と、ウクライナ紛争など西側諸国によるわが国への敵対行為とは関係がないと言い、わが国に戦略的敗北を与えたいという発言も影響しないと言っています。/(中略)だから私は今日、ロシアが戦略兵器削減条約への参加を停止していることを言わざるを得ません。繰り返しますが、ロシアは条約から脱退するのではなく、参加を停止するのです>(2月21日、ロシア大統領府HPに掲載された年次教書演説のロシア語版より筆者訳)。

 要するにプーチン氏は、米国との信頼関係が崩れているので、新STARTの履行を停止することにしたが、この条約から離脱するつもりはなく、米国が態度を改めるならば、履行停止を撤回するというシグナルを出した。米国はロシアのシグナルを真摯(しんし)に受け止めて、外相級で本件について接触することにしたのだ。米国はウクライナ戦争に関してロシアに対して譲歩するつもりはないが、核管理については協議していくという意思を示したと筆者はみている。

 現下の米ロ関係で最大の問題は、対話が欠如しているために、相手の悪意を過大に見積もるようになっていることだ。米国が核実験に踏み込む可能性は冷静に考えればあり得ない。しかし、プーチン氏は本気で米国が核実験を行う可能性があると思い込んで、その場合に備えた核実験の準備を大統領年次教書演説で指示した。とても危険な状態だ。今必要なのは米ロの外交交渉だ。外交官には交渉が始まればそれをまとめたくなる職業的本性がある。米ロの外交官には核戦争を避けるために真面目な交渉を行う責務がある。

(作家・元外務省主任分析官)