<書評>『歌集 別れと知らず』 「現在の沖縄詠う」指南書


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『歌集 別れと知らず』名嘉真恵美子著 ながらみ書房・2200円

 「沖縄をうたう」―。それではいかに詠(うた)えばいいのか。大きな課題である。その指南書ともいうべき歌集がこのたび発刊された。名嘉真恵美子第三歌集『別れと知らず』である。

 エンドレスソングのやうだ爆音は蒼穹ふかく闇に沁みこむ クリスマスのキャンプハンセン電飾の決して融けない雪だるまゐる

 静かにしっかりと現在の沖縄を詠っている。比喩や目線の深さ、言葉のあっせんがうまいとはこのことを言うのだろう。

 作者は「かりん」に属し第一歌集『海の天蛇』から24年、第二歌集『琉歌異装』からは10年である。早くから「かりん沖縄支部」を立ち上げている。着実に会員も増え、現在最も覇気あるグループの一つだ。

 沖縄の百年の鬱土地狩りのはじまりの記憶にいきる人たち 陳情は「礼儀正しくする」といふ心得を守る乞食行進

 阿波根昌鴻氏と伊江島を詠った一連は28首。この集で作者が特に詠いたかった事跡というが、実に丁寧に詠われ胸を打つ。あの時代を今も引きずっている沖縄ではないだろうか。

 ヤンバルの山の尾根道ススキ

 原今生の別れと知らず別れきと

 収容所尋ねたづねても母は祖母は捜し得ぬなり 戦後はじまる

 歌集題にもなった一首目、戦中の沖縄の風景が生々しく立ち上がる。どこにでもあった戦時中の風景であり、今なお心癒えないわれわれである。

 日傘持ち浮くと思へり砂糖黍の一本道に思ひ出を焚けば

 一幅の絵を見るような美しい一首。重苦しい沖縄戦、基地を詠う中で散見される叙情歌の数々。口語表現も多彩で作者の新しい歌境と思われる。表記や比喩の用い方など短歌を初めて学ぶ方々にも参考になる一冊だ。

 作者の迸(ほとばし)る思いが端的に、しかも唯一声高に詠まれた次の歌は今の時代に重く心に響く。

 何度でもなんどでも言ふ対馬丸の子どもたちの死不戦はそこから

 (永吉京子・現代歌人協会会員)


 なかま・えみこ 1950年糸満市生まれ。琉球大大学院修士課程修了。沖縄タイムス歌壇選歌担当。著書に第一歌集「海の天蛇(うみのてんばう)」、第二歌集「琉歌異装」。