国民保護図上訓練 戦争前提か、県の認識問う


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佐藤優氏

 17日、県は国民保護図上訓練を初めて実施した。本件について訓練前日の16日、朝日新聞はこう報じた。

 <他国の武力攻撃を想定し、住民避難を検証する沖縄県主催の図上訓練が17日に実施される。自衛隊や先島諸島の5市町村なども参加し、民間の航空機や船舶で離島の約12万人を1日約2万人避難させる計画だ。台湾有事などへの懸念が高まる中、国民保護法に基づく「武力攻撃予測事態」を見すえ、時系列の行動計画(タイムライン)に沿った住民避難のための連絡調整会議の模擬訓練を行う>(16日「朝日新聞デジタル」)。

 この記事には、福田充氏(日本大学危機管理学部教授)の談話が掲載されている。福田氏は<政府や自治体が沖縄という安全保障の「最前線」で国民保護を具体的に考えたことは一歩前進だ>と図上訓練を肯定的に評価した上で、<最悪の事態も想定し、市民のために、どこまでやるかが問われている。そこまで考えなければ、沖縄戦のように住民が放置されてしまう事態が繰り返される恐れがある>と述べている。

 朝日新聞の記事を読んだ読者は、県が隣国(文脈からして中国以外は考えられない)の侵略に備えて疎開計画を立てているとの認識を持つ。これは県や県民の認識と合致するであろうか。琉球新報の報道だと内容がだいぶ異なる。

 <県は他国からの武力攻撃事態が発生した場合に、宮古、八重山の先島地方から九州へ避難することを想定した国民保護図上訓練を初めて実施した。「台湾有事」の懸念が示される中で、台湾に近い離島から全島民を避難させるという想定には「緊張をあおる」との見方もある。一方で、県は島民の安全を確保する備えを進めつつ、独自の地域外交で紛争の回避を働き掛ける両輪の方向性に矛盾はないとしている。/県庁5階の危機管理センターで離島5市町村や国の担当者も参加して図上訓練を実施しているのと同時刻、6階の会議室では玉城デニー知事が定例会見を開いていた。このタイミングで訓練を初実施した意図があるかを問われたのに対し、「安全保障環境にこだわって図上訓練を計画したものではない」と否定した>(18日本紙電子版)。

 本件図上訓練を巡る県の姿勢に矛盾が見られる。図上訓練を実施する県の事務方は<県は他国からの武力攻撃事態が発生した場合に、宮古、八重山の先島地方から九州へ避難することを想定>、すなわちウクライナ戦争後の台湾情勢の緊張を念頭に置いている。他方、玉城デニー知事は「安全保障環境にこだわって図上訓練を計画したものではない」と述べているので、ウクライナ戦争や台湾情勢は関係していないということになる。知事は県の事務方とニュアンスを異にした発言をしている。本件に関して、県内部で意思統一ができているのかどうか不安だ。

 <「ノーモア沖縄戦 命どぅ宝の会」の山城博治共同代表は「沖縄が戦場となる前提で、こういった訓練はやってはならない。戦争を避けるための努力をすべきだ」と強調した>(18日本紙電子版)ということだが、筆者も山城氏と同じ認識だ。今回の図上訓練は、県が中国による沖縄侵略の可能性があり、それに備えているというシグナルを発することになった。このツケは高くつく。

(作家・元外務省主任分析官)