真の国際性 アジア諸国との連携進化を 菅原文子さんコラム<美と宝の島を愛し>


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菅原 文子さん

 偏西風に乗って米国まで飛んだ白い気球の目立つ大きさに驚き、笑ってしまった。中国人は何事もスケールが大きい。

 心を引かれる文化を持つ国の一つに中国がある。年齢とともに、東洋マインドがしっくりくるようになった。仏教は中国での洗練を経て、日本に入ってきた。老子、荘子、淮南子(えなんじ)の哲学は、あの時代に宇宙を意識したスケールの大きさと、知識、技術の高さに重きを置かず、素朴さこそが人を豊かで自由な境地に導くとした。今の時代にふさわしいエコロジカルな思想だ。自然界と人間を明確に分け、自然を支配する人間の優位性を主張した西欧思想は科学を発達させたが、地球環境と生命を損なう原子爆弾を作った。ここに来て中国の仲介でサウジアラビアとイランが国交を回復したのも、歴史が求めるものの必然ではないか。

 先のWBCの日本優勝で、何もかも米欧優位の時代から、アジアが存在感を持つ時代に入った、との思いを深くした。自分の手柄より、仲間が力を発揮するチャンスを作るプレイに傾注したサムライ・ジャパンのマインドが、WBCの勝利をもたらした、と誰もが思っただろう。「老子」に次のような一節がある。「聖人は(物を)たくわえない。何もかも他人のために出し尽くして、自分はさらに所有物が増し、何もかも他人に与えて、自分はさらに豊かである」(小川環樹訳)

 若い世代は、老世代が企業戦士、働き蜂とやゆされながら築いた豊かさを糧に、老世代の病と言える西欧コンプレックスから解放され、真の国際性を身に付け始めている。参加国、特にアジア諸国の名を挙げて敬意を表した姿も立派だった。英語学習以外にも、中国語、韓国語、ヒンディー語などのアジア諸国の言語を学ぶ人も増えてほしい。

 中国人はスケールが大きいと書いたが、彼らの大きさは西欧白人にコンプレックスがないことから来ている、とかねがね思っていた。そのコンプレックスから解放された若い日本人は、国際的な場でも自然体で堂々と振る舞っている。不戦を国際社会に誓った、世界にまれな平和憲法も、彼らの品格の力になっていることを忘れてはならない。

 アジアには台湾、ミャンマー、北朝鮮など懸念はあるが、欧米の強国が軍事力で乗り出しても、問題の解決はできない。産業革命以来、軍事力と経済力で世界を支配し圧倒し続けた西欧の優位だが、ウクライナ戦争で限界が見えてきた。軍事侵攻で影響力を広げ続けた米国も、銀行破綻など陰りが出ている。日本は米国への従属姿勢から少し変化が見えるが、人種的、文化的、歴史的つながりのあるアジア諸国との連携を、さらに進化させることが、国際社会での日本の安定に寄与するだろう。

 共産主義の専制的傾向が国民を支配しても、古代の中国哲学が育てた中国人の心の琴線までは縛れない。コロナ下でも彼らは主張する時には主張していた。欧米一強体制から、インド、中国、日本も含めたアジア諸国が存在感を発揮する時代に交代しつつあり、この流れは続くが、日本人が日本的ナルシシズムから脱皮できないと、昭和の負け戦を繰り返すことになる。一歩も二歩も世界の流れから遅れている日本の国会議員諸氏だが、WBCの監督と選手たちの偏見のない国際感覚から何を学んだだろうか。

(本紙客員コラムニスト、辺野古基金共同代表)