児相、児童引き渡しの署名迫る 文書に「誘拐罪になりうる」 沖縄<里親解除 調査報告書を読み解く>㊥


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 「やはり応じられない。署名はしない」。2021年12月20日、那覇市の50代元里親夫妻の代理人の川津知大弁護士は、電話で児童相談所側に強い口調で告げた。元里親が養育していた当時5歳の児童の引き渡しを巡り、児相側との厳しい交渉が続いていた。

 児相が署名を迫った文書には、児童を22年1月4日に引き渡すことや、引き渡さない場合は誘拐罪になりうることなど10項目が記された。児相側は元里親に署名を迫り、最後の電話は午後11時40分を回っていた。

 元里親側によると、児相側は21年2月、「実親が引き渡しを強く求めている」と伝え、同3月に生みの親の存在を伝える「真実告知」を迫った。元里親は県外に住む実親の元に段階を踏まずに引き渡せば、児童に精神的ダメージを与えると懸念。真実告知を拒絶しないと明言した上で、児童の発達の特性や医師の診断から、告知の時期を検討するよう求め続けた。

児相が元里親側に送付した、児童の引き渡しに関する10項目の文書について指摘する調査報告書(部分開示版)

 里親に真実告知の法的義務はない。外部有識者による調査委員会の報告書部分開示版は、児相が元里親に真実告知を「強固に求め続けた」とし「児相が定めるタイムラインに則って行わないことが、措置解除要件となるかのように元里親を追い込んだ」とした。

 真実告知をできない中、委託解除に向けた動きは進んだ。報告書によると、児相は21年10月、別の里親宅に児童の委託を打診。同12月12日には、県外の実親宅を訪れ「元里親への悪感情を助長」させる説明をした。実親はその日に里親委託の同意を撤回し、児相は同14日、元里親側に同22日で委託を解除するとの文書を送付した。

 突然の通告に、元里親側は解除の先延ばしを相談。児相側は、引き渡さなければ誘拐罪になりうるなどと記した文書への同意を求めた。12月20日、日付が変わる直前まで署名を迫ったが、元里親は拒否。児相はその後、誘拐罪の項目などを削除した5項目を提示し直し、署名しなければ同22日に児童を引き取りに行くと迫った。元里親は児童の引き渡しなどに同意する文書に署名した。

 「誘拐罪」という言葉が入った文書を行政が示したことは県議会でも非難の声が上がった。22年3月、県子ども生活福祉部の名渡山晶子部長(当時)は「今後の手続きなどを関係者間で確認するため、案として作成した。内容も再検討し、修正した確認書に後日署名いただいた」と釈明した。

 報告書は、10項目の文書が5項目に減らされた経過について「副知事からの言葉を受け、まとめられた」などと記載しており、県が組織として判断した様子がうかがえる。報告書は県の対応を「公的機関がとるべき手段としての相当性が認められないことは明らかだ」と批判している。


 多くの人々が心を痛めた里親委託解除事案の問題はどこにあるのか。本紙が情報公開請求し、開示された調査報告書から読み解く。

 


<用語>里親制度

 児童福祉法に基づき、さまざまな事情で家族と離れて暮らす子どもを里親が育てる制度。都道府県が行う研修を受け、適格性が認められれば里親登録ができる。子どもが実親の元に戻れるようになるまでの間、家庭に迎え入れる「養育里親」や、専門的な援助を必要とする子どもを養育する「専門里親」、養子縁組を前提とした「養子縁組里親」などがある。里親委託には親権者の同意が必要となる。里親と子どもに法的な親子関係はなく、里親や子どもの意に反して委託が解除され、里親の元から子どもが離される事例もある。