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対独戦勝記念日 米ロ戦争回避へ密な連絡を<佐藤優のウチナー評論>


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佐藤優氏

 モスクワの「赤の広場」で9日、対独戦勝75周年を記念する軍事パレードが行われた。席上、ロシアのプーチン大統領が約10分の演説を行った。筆者が引っかかったのは、プーチン氏が「戦争(ヴォイナー、война)」という言葉を用いたことだ。去年2月24日にロシアはウクライナに侵攻した。ロシアはこれは戦争でなく「特別軍事作戦」であると主張している。プーチン氏もこれまでの演説や発言において戦争という言葉を使うことを避けていた。それが今回はこんな表現をしている。

 <今日、文明は再び決定的な転換点を迎えています。祖国に対して再び本当の戦争が仕掛けられましたが、我々は国際テロリズムを撃退し、ドンバスの住民を守り、安全を確保しました>(9日、ロシア大統領府HPより筆者訳)。

 プーチン氏は、ロシアがウクライナに戦争を仕掛けたとは考えていない。逆に西側連合がウクライナを使ってロシアに戦争を仕掛けてきたとの考えだ。プーチン氏の論理では、2014年に米国がウクライナの親欧米勢力を利用してヤヌコヴィッチ政権をクーデターで倒した(マイダン革命)。そして米国による傀儡(かいらい)政権が樹立された。この政権がウクライナ東部のドンバス地域でロシア語を常用し、自らをロシア人と考えている人々に弾圧を加え、殺傷したのである。去年2月24日に始まった「特別軍事作戦」は14年から始まった戦争を終わらせるための戦争ということになる。

 もちろん、我々がロシアのこのような一方的主張に付き合う必要はない。しかし、プーチン氏だけでなく多くのロシア人がウクライナ戦争についてこのような認識を持っているのが現実だ。さらにプーチン氏は「ネオナチ」の影響がウクライナだけでなく西側連合全体に拡大しているという認識を示す。

 <私たちは、多くの国でソ連兵の記念碑が無慈悲かつ冷酷に破壊され、偉大な指揮官の記念碑が取り壊され、ナチスとその協力者の真のカルトが作られ、本物の英雄の記憶が消去され改ざんされていることを目の当たりにしています。戦勝世代の偉業と犠牲者を冒涜(ぼうとく)するこうした行為もまた犯罪であり、ロシアに対する新たなアプローチを冷笑的かつ公然と準備し、この目的のために世界中からネオナチのクズを集めた露骨な復讐主義です。/彼らの目標は――ここに新しいものは何もない―わが国の崩壊と破壊を達成し、第2次世界大戦の結果を消し去り、世界安全保障と国際法のシステムを最終的に破壊し、発展の主権的中心を絞め殺すことです。/過度の野心、傲慢(ごうまん)さ、やりたい放題は、必然的に悲劇を招きます。これが、ウクライナの人々が現在経験している破局の理由です。彼らは、欧米の支配者のクーデターと犯罪政権の人質となり、残酷で利己的な計画を実行するための交渉材料となったのです>(同上)。

 プーチン氏の欧米諸国に対する認識は、明らかに硬化している。このような状況では偶発的な出来事が戦闘拡大につながる危険がある。現在、米ロ間の外交チャネルが良好に機能しているとはいえない。こういう時に重要になるのが非公式なインテリジェンス・チャネルだ。CIA(米中央情報局)とSVR(ロシア対外諜報庁)のリエゾン(連絡係)が、誤解に基づく米ロ戦争が発生しないように連絡を密にする必要がある。

(作家・元外務省主任分析官)