戦中の1944年に米潜水艦に撃沈された対馬丸事件の生存者で、体験の語り部として活動していた平良啓子さんが29日午前10時23分、大動脈解離のため沖縄県名護市の病院で死去した。
88歳。国頭村安波出身。自宅は大宜味村喜如嘉。
多くの疎開児童が犠牲になった「対馬丸」の生存者として小中学校などで長年、自身の体験を語ってきた。
戦中の1944年に米潜水艦に撃沈された対馬丸事件の生存者で、体験の語り部として活動していた平良啓子さんが29日午前10時23分、大動脈解離のため沖縄県名護市の病院で死去した。
88歳。国頭村安波出身。自宅は大宜味村喜如嘉。
多くの疎開児童が犠牲になった「対馬丸」の生存者として小中学校などで長年、自身の体験を語ってきた。