社会

「辺野古、第二の捨て石」 屋良朝苗シンポ 復帰、基地語る

屋良朝苗氏の足跡をたどり、議論を交わすパネリスト=6日午後、読谷村文化センター鳳ホール

 【読谷】米統治下で初の公選主席で、復帰後初代知事を務めた屋良朝苗氏の足跡をたどる「屋良朝苗シンポジウム」(読谷村主催、琉球新報社、屋良朝苗顕彰事業推進期成会共催)が6日、読谷村文化センター鳳ホールで開かれ、約200人が参加した。基調講演で、米軍普天間飛行場の移設に伴って名護市辺野古で進められている新基地建設の現状について「第二の捨て石作戦が強行された」などと危機感が示された。その上で屋良氏と翁長雄志知事とを重ね合わせながら、行政と大衆を接合した屋良氏の精神を現在に生かしていく必要性を確認した。

 講演やパネル討議があり、復帰運動や沖縄の戦後復興に臨んだ屋良氏の姿勢や施策を振り返りながら、沖縄戦から現在まで続く沖縄の問題について、名護市辺野古新基地建設の現状なども交え議論を交わした。
 石川元平氏(元沖教組委員長)、山根安昇氏(元琉球新報社副社長)が基調講演した。
 石川氏は戦争で「捨て石」となった沖縄について、屋良氏が述べた「沖縄は二度と国家権力の手段として犠牲になってはならない」という言葉を紹介した上で「屋良さんの気持ちを考えながら辺野古を見ると、第二の捨て石作戦が強行されたという思いがする」と話した。
 山根氏は、屋良氏と翁長知事の共通性について「行政と大衆を接合して県民の要求を日本政府に突き付けるという屋良朝苗の精神や手法は、翁長知事の『自己決定権』や『オール沖縄』といった思想と行動様式に引き継がれている」と指摘した。
 村出身の糸数慶子参院議員を進行役に迎えたパネル討議では、会場からの質問に答えながら意見が交わされた。
 討議の中で石川氏は「屋良先生は一人の人間が身命を賭して行動を貫徹するということを歴史から学び行動に移した。同様の手法は今日にも有効だ」と述べ、あらためて屋良氏の気概を強調した。



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