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ブーゲンビル島県遺族会、最後の清明祭 次世代へ継承課題

戦没者の冥福を祈り手を合わせる参加者たち=24日、糸満市摩文仁のブーゲンビル島奥津城

 【糸満】糸満市摩文仁の平和祈念公園内にあるブーゲンビル島の県出身戦没者の慰霊塔「ブーゲンビル島奥津城(おくつき)」で24日、ブーゲンビル島県遺族会による最後の清明祭が開催された。清明祭は1964年から毎年催されてきたが、役員の高齢化で運営が難しくなったことから、昨年10月の総会で終了を決定した。慰霊祭は今後も継続する。銘苅春榮会長(75)は「孫の世代にどうバトンを渡していくかが大きな課題だ」と語った。

 慰霊塔にはソロモン諸島ブーゲンビル島で亡くなった県出身戦没者3600人の名が刻銘されている。刻銘者は20代男性が多い。
 戦後19年目に、遺族や戦友会が敷地の確保などに奔走して慰霊塔を建立した。慰霊塔には、66年に実施されたブーゲンビル島での遺骨収集で収骨した遺骨の一部も納められている。
 建立当時、慰霊祭や清明祭を取り仕切ったのは戦没者の親だった。その後、きょうだいに引き継がれ、現在は主に遺児たちが運営を担っている。現在の会役員の最年少は75歳、最高齢は80歳だ。 昨年の総会で、会員の交流を目的に開催していた清明祭をことしで終了し、今後は慰霊祭に注力することを決めた。
 銘苅会長は「孫世代だと戦没者が身近な存在でなくなる。会の活動が活発になれば孫世代に託したいが、押し付けることはできない」と複雑な思いを語る。「私たちも年を取る。今後は県を中心にした慰霊塔の管理にも期待している。国には南洋群島での遺骨収集も進めてほしい」と話した。
 清明祭に家族9人で参加した大嶺自武さん(77)=うるま市。慰霊塔にはマラリアにより27歳で亡くなった父の自善さんが祭られている。「父のおかげで家族の今がある。感謝の気持ちを伝えるために毎年家族で参加している。来年以降もできるだけ来るようにしたい」と話した。
 孫の彩夢さん(11)は「おじいちゃんやおばあちゃんから戦争の話を聞いて、次の世代に伝えていきたい」と語った。(赤嶺玲子)