<もう一つの変革エネルギー 「県外移設」論争を読んで>八重洋一郎


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沖縄の要求に応答 徹底的抵抗への追い風

 沖縄についての通史、例えば新崎盛暉著『日本にとって沖縄とは何か』などを読むと、正直なところわれわれ沖縄は何と哀れな存在かとつい思ってしまう。新崎さんは最後の最後に“変化の兆し”“日本国民の実践的課題”として問題の中心を指摘しつつ、少しだけ希望を述べられているのであるが。

従属国の無告の民

一人一人の危機感、人権自覚、倫理観に基づく非暴力抵抗形態で行われている沖縄の反軍基地闘争=5日午前、東村高江

 さて、史上腐敗した権力に抵抗し勝利を収めた例は数々ある。英国清教徒革命、フランス大革命、ロシア革命、すぐ近くでは中国革命。特に中国革命の成功は戦前戦後の日本と比較すると良く解(わか)るだろう。あれだけ列強に蚕食されていた中国は侵略外国勢力を国内から一掃し、現在完全に独立した国家を建設している。

 それに対して日本は戦前、一坪の外国軍基地もなかったが、今や沖縄を第一とする広大な米軍基地が存在し、首都東京上空空域は完全に米軍の規制下にある。そして米軍に忠誠を誓わされている自衛隊(その作戦最終決定には常に米軍が関与しているのだ)。また目下の同盟国として徹底的に米国従属を強制されている政治。そしてその従属はこの国における自分たちの権力と利益を保証するとばかりに迎合的な行動を決して止めない保守勢力。そのおこぼれを期待して現状維持を支持する国民大多数。しかしその底辺には虐げられ踏みつけられている無告の民が確実に存在しているのである。

ガンディーの思想

 ところで変革は必要に迫られて起きる物理現象の如きものと考えることもできる。それを論理化したヘーゲルの『精神現象学』における“主人と奴隷”の力学。即(すなわ)ちいつも奴隷に命令してばかりいて自分は働くことはない主人は、いつかは、様々(さまざま)な難題を課せられて、それと取り組み少しずつ困難を克服し、そのことによって現実的実力をつける奴隷によって必ず逆転されるとするその論理。マルクスもまたその読解によって奮励されたのである。さらにここにもう一つの全く異なる様相を持つ変革エネルギーが存在する。

 それはイギリスの制圧下にあったインドが示した西欧文明への根底的懐疑とその克服への挑戦である。東インド会社を通じて17世紀後半に始まったイギリスのインド支配は実に過酷で、ついに傭兵(ようへい)(セポイ)の反乱を呼び起こし、それは動乱となって全国に波及していく。

 一方、ヴィヴィーカーナンダ、タゴールなどによる伝統、精神、意志、感覚など全てを挙げての切々たる思想の試み。とりわけガンディーは「文明とは需要の削減」を標榜(ひょうぼう)し、真理(サチャ)把捉(グラハ)に基づき敢然と「積極的非暴力抵抗」を組織し、イギリスの暴力と銃火の正面に素手のインド人があとからあとから立ち並ぶ。権力の謀略と弾圧に徹底的に抵抗し続け、インドはついに独立を達成する。ガンディー自身はインド・パキスタン分離独立の「生体解剖」の事態を避けるよう死力を尽くすが、ヒンドゥー過激派の銃弾に倒れてしまう。

集団的無意識

 さて、昨年来この欄で論じられている日本側の松本亜季さん提案の「沖縄米軍基地を大阪に引き取る」行動。そして高橋哲哉東京大教授のこの提案への深い共感のもとに展開されている論述を読み、私は強く心を動かされた。

 ヤマトゥンチューからこんな発想が生まれるなど想像もできなかった。何しろあの天皇メッセージがあり、吉田、佐藤、中曽根、小泉、そして安倍等々が代々政権を担当してきた国である。そして今やその安倍が自分の存在以外は認めることができない狭量・独善的な日本人の集団的無意識を公言して憚(はばか)らないそのような国のそのような人々の間からも、かくも倫理的な思考が誕生するとは夢にも思わなかった。

 我々(われわれ)沖縄人には自分に嫌なことは他人に押しつけることはできないという気弱さが確かに存在する。戦争の悲惨さや軍基地による被害を知っていればこそなおのこと。さればこそ沖縄女性たちの「基地コーミソーレー」の活動には従来の沖縄人の行動を突き破るものとして瞠目(どうもく)させられたが、この沖縄からの要求に対して松本さんたちは正面から応答したのである。

 沖縄女性たちの勇気、松本、高橋さんたちのその応答を聞くと「ああ、言ってもいいのだ」と何かほっとする。これまで何か言いたくてもこんなことを言っていいのかと躊躇(ためら)い勝ちだった人間が少しずつ口を開き、手足を動かすようになる。これがごく普通の行動パターンではないか。そして政治は普通の人間を動かさねばならない。私は今、スローモーションでそのことを書いているが、この行動への変化が一瞬にして起こることも大いにあり得るのである。

 期せずして沖縄の反軍基地闘争は、住民一人一人の危機感と人権自覚と倫理観に基づいた非暴力的抵抗形態を取っている。それはガンディーの直感と深く通底し、真理を堅持していけばますますその威力を発揮していくだろう。そして沖縄への構造的差別の解消を目的とする「米軍基地引き取り」運動は沖縄住民の素手による徹底的抵抗への恰好(かっこう)の追い風になると思われる。

八重洋一郎

 やえ・よういちろう 1942年石垣市生まれ。東京都立大学哲学科卒。石垣市在住。84年に第9回山之口貘賞、2001年に第3回小野十三郎賞。「イリプス2nd」同人。詩集「沖縄料理考」「木洩陽日蝕」など。