芸能・文化

なぜ「基地引き取り」か 写真家・初沢亜利さんに聞く

過重負担 東京で問う  「日本人の在り方の問題」

 

 2015年に写真集「沖縄のことを教えてください」(赤々舎)を出した写真家の初沢亜利さんは、その後も沖縄に通い反基地闘争などを日本本土に伝えてきた。基地引き取り運動に取り組む東京の会の立ち上げに関わった初沢さんに聞いた。(聞き手・米倉外昭)



「基地引き取りは日本人の在り方の問題」と語る写真家の初沢亜利さん

 ―東京の会の状況は。

 会は2月に発足し、5月にシンポジウム、6月には他の地域での運動と合同でのシンポジウムを計画している。沖縄問題について発言している識者から「引き取り」という言葉がちらほら出てくるようになっている。水面下でじわじわと広がっている。

 ―引き取り運動に対していろいろな批判がある

 僕は批判されていると感じたことはない。ロジックの問題として説得できる話だから。反戦一本で活動している人たちからすると、自らの存在を脅かされるという不安を感じるのだろう。しかし、彼らを責めることを目的化することは何の意味もない。あくまでも無自覚な一般の日本人たちに対して、沖縄に基地の過重負担を背負わせるのはやめようと言いたい。われわれ日本人の在り方の問題だと。不公平、差別の問題だということから始めるしかない。引き取る場所は次の段階でいい。ただ、必ずどこに引き取るかが問題になる。そこが難しいところだが、自分の町に来てもいいと覚悟を決めて、議論していこうということだ。

 ―「沖縄のことを教えてください」に、長い後書きを書いた。写真集の狙いは?

 僕の中の沖縄への入り口は反戦平和ではない。もちろん辺野古新基地建設は反対だ。しかし、世界中に基地はいらないという考え方ではない。あくまでも本土日本人による沖縄人に対する差別問題があり、その責任をどう取るかという視点で、沖縄で暮らし、辺野古の現場にいた。写真家としての切り口は、今そこにある沖縄をいかに自分なりに探して撮ることができるかだった。写真集を見た日本人に戸惑ってもらいたいと思っていた。沖縄イメージを解体していく作業だ。権力があると自覚した上で、カメラという暴力的な装置で写すわけだから。そこに自覚的でないといけない。


機動隊が市民を排除する様子を撮影する初沢亜利さん=2月23日午前、名護市辺野古の米軍キャンプ・シュワブゲート前

 ―今回、辺野古を訪ねてどう思ったか。

 想像以上に現場がトーンダウンしており、ショックを受けた。しかし、今後も反対の声を上げていくだろう。何に対して彼らは戦っているのか、この権力を支えている日本人とは何者かと突きつける意味でも、伝えていく必要がある。次の知事選に関心を持っている。あくまでも辺野古反対という人と、勝ち目のない闘いから退いて経済的にもらう物をもらおうという人に分かれるのではないか。ただし、それも、あくまでも沖縄人の選択だ。それに対して「沖縄はもっと踏ん張ると思ったのに」とか、自分の願望を押し付けるのは大変傲慢(ごうまん)なことだ。沖縄の人々の心を見詰め理解することができるかが、本質的に大事なことだと思う。それを写真集を通じてやったし、今後は引き取り運動として継続していきたい。

 ―北朝鮮にも通っているが、沖縄と通じるものがあるのか。

 日本の戦後処理の問題として北朝鮮と沖縄を考えてきた。昨年12年に4年ぶりに北朝鮮に行った。市民の日々の暮らしを伝えていくことを今後も継続していきたい。平壌の交通量が一気に増えて衝撃を受けた。経済が発展していることについて北朝鮮の案内人が「わが国は核保有国になり、抑止力を維持できるようになった。通常兵器を増強する必要がなくなり、軍事費を削減できた」と言った。これが最近の公式見解だ。また、経済制裁が強まることを前提に内側で経済を回すようにしてきた。平壌郊外に広大な農場、加工工場があり、循環システムを造っている。中国に頼らない経済を造っていこうという意思が国家としてある。そして、自主独立が国民の意識としてもとても強い。案内人に、沖縄をどう思うかと聞いたら、シンプルに「沖縄が独立しない理由が分からない」と答えた。北朝鮮に日本の左翼の人たちが訪問してきたが、「自分の国に誇りを持っていない人と話しても面白くない」と言っていた。



  初沢亜利(はつざわ・あり) 1973年パリ生まれ。写真家。上智大卒。2013年11月から1年3カ月沖縄に滞在した。写真集「沖縄のことを教えてください」で日本写真協会賞新人賞。



(琉球新報 2017年3月24日掲載)