笑顔60年 宮城商店きょう閉店 浦添・屋富祖通り 家族、地域の歴史刻む


社会
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地域の人に親しまれてきた「宮城商店」の宮城キク子さん=28日、浦添市屋富祖

 【浦添】浦添市の屋富祖通りで60年営業してきた雑貨店「宮城商店」が30日、閉店する。宮城キク子さん(86)が7年前に他界した夫の輝雄さん(享年80)と共に資本金ゼロから始めた店は、小規模ながら笑顔を絶やさない宮城さんの人柄とおいしい総菜などで地域住民や屋富祖通りの商店主らに愛されてきた。宮城さんは「県外の息子たちに会うため体が動くうちに店を畳むことにした。地域のマチヤグヮーとして皆さんに親しんでもらい、とても幸せだった」と笑顔を見せた。

 店は、小さなコールタールが塗ってある小屋で開業した。米統治下時代はB円やドルで商売をしていたが、帳面を持ってくる人には掛け売りもした。「当時は現金を持っていない人も多かった。みんな助け合いながら生きていた」と宮城さん。

60年間の営業を終え、9月30日に閉店する「宮城商店」=29日、浦添市屋富祖

 長男の雄一さん、次男の秀弘さん、三男の秀輝さんの3人の息子に恵まれた。秀弘さんは生まれつきの脳性まひのため介助が必要で、県内の学校や施設には入所が難しいと断られたため、自宅で面倒を見ながら店を切り盛りする毎日が続いた。

 秀弘さんが18歳になった時に、熊本県天草市の療育施設に入所した。62歳になる現在も同じ療育施設にいて、年に2、3回は会いに行くという。

 長男の雄一さんは中学卒業後、親に苦労を掛けまいと大阪府に出て職を見つけ家庭を持ったが、7年前に脳腫瘍で亡くなった。「秀弘は会いに行ったら笑顔を見せてくれる。雄一のお墓参りも健康でいる限り続けたい。もう少し続けたかったが、息子たちに会いに行ける体力があるうちにやめようと思った」と話した。

 夫と長男に先立たれた宮城さんが頼りにしているのは現在の店主で三男の秀輝さん(57)。幼少時からキク子さんの苦労を見ていたためか「気遣いのできる優しい子だ」と目を細める。「朝から晩まで店にいたのでほとんど時間もなく、生活も苦しかったが、子どもたちが素直に育ってくれた。それが一番うれしい」

 屋富祖通り会の崎濱美和会長は「宮城さんの笑顔が見られなくなるのはさみしい。もう少し続けてほしかった」と話した。

 学生時代、部活動の帰りなどに宮城商店によく立ち寄っていたという松本哲治市長も「ジューシーがおいしくて大好きだった。さみしくなるが、60年間ありがとうと言いたい」とねぎらった。(松堂秀樹)