踊ったことある?フォークダンス「青い山脈」 発祥の地・名護高で〝復活〟


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 【名護】「青い山脈」のフォークダンスが発祥の地で復活? 名護市の沖縄県立名護高校(大城健校長)の第43回体育祭が9月24日、同校グラウンドで行われ、3学年全員によるフォークダンス「青い山脈」が披露された。1949年の同名のヒット映画の主題歌である「青い山脈」に、フォークダンスの振りを付けたのは同校の12代校長も務めた故屋部和則さんで、名護高が発祥の地とされる。午前中に行われたフォークダンスで、生徒たちは二組の輪をつくり、「青い山脈」に乗せてリズミカルに踊った。

「青い山脈」の曲に合わせて軽快に踊る3年の生徒たち=9月24日、名護市の名護高校グラウンド

 指導した宇治原尚彦教諭は、名護高が青い山脈のフォークダンス発祥地とされることに「市の広報誌などに掲載されていて、初めて分かった。今年は女子生徒の制服が新しくなったのでお披露目も兼ねて踊ろうと生徒に提案した」と話した。「本校では10年間くらいは踊っていないのではないかと思う」といい、当日までには音源探しや振り付けの確認など、試行錯誤しながら練習してきた。

 ダンスを終えた比嘉陸さんは「とても楽しく胸がドキドキしながら踊った」と笑顔いっぱい。また兼次灯さんは「中学でも踊ったが、あの時よりずっと楽しかった。とてもいい思い出になった」と話した。

 市の広報誌「市民のひろば」2月号では、名護高8期生で当時ダンス部長だった岸本雅子さんが「確か2年生の時、体育の屋部和則先生の指導で振り付けて踊った」との話を紹介している。また、名護高創立50周年記念誌で、屋部さんが「戦前戦後を通じてダンスを学校体育に取り上げたのはおそらく本校が沖縄では最初だろう」と寄稿している。

 屋部さんの妻・多津子さん(89)は「名護高で再び青い山脈で子どもたちが踊ったと聞きとても喜んでいる。主人に報告します」と喜んだ。

(幸地光男通信員)