くらし

[ココロ・カラダ不思議つながり]54 どこまでがセクハラ?

Q.どこまでがセクハラ?

 


 今日の質問は「最近、セクハラという言葉をよく聞きます。学校でも『セクハラされた』と言っている人がいます。セクハラって具体的にどういうことですか? どこまでがセクハラですか?」

 です。中学2年生からです。


A.嫌と感じた人の意見を尊重

 


 セクハラはセクシュアル(性的)・ハラスメント(嫌がらせ)を短くした言葉です。力を持つ人が力の差を利用して「性」を手段に、下の人に「嫌がらせ」をすることです。日本でこの言葉が広く知られるようになったのは1989年からです。

 セクハラを理由に職場の上司を訴えた裁判が話題になり、その年の流行語大賞にも選ばれました。しかし今でも、セクハラは人の権利を奪っている(人権侵害)と十分理解されているとは言えません。

セクハラとは?

 セクハラは職場での人権を守るために法律で禁止されています。「相手を性的に不快にさせる言動」がセクハラになり、大きく二つに分けて定義されています。

1.対価型:職場での上下関係を利用して性的な発言をしたり、性的な行為を強要する。

2.環境型:直接的な言動が無くても、性的なイメージを持たせるポスターを貼るなど、職場の環境を悪くする。

 

 もちろん学校でも起こる可能性があるし、男子の被害もあります。

 「どこまでがセクハラ?」と迷ってしまうのは、判断の基準が「不快に思うか」という個人の感じ方だからです。これはいじめの定義と同じです。セクハラもされた人の立場にたって判断します。つまり、嫌だと感じた人の意見が尊重されることが大切です。

 足を踏まれた時、踏んだ人が「踏まれて嬉しいだろう。痛いなんておかしい」と言うのは間違っています。ところがセクハラでは、「されて実は嬉しいんじゃないの。冗談が通じないな。騒ぎ立てる方がおかしい」など、嫌だと言った人が責められることが多いです。

 特に周りの人が責める二次被害が起こりやすく、被害を受けたことを相談しづらいという特徴があります。最近の働く女性への調査でも約3人に1人が被害を受け、その60%以上が我慢したと答えています。

プレビュー

相手によって違う

 それから、「友だちならいいけど先生から言われるのは嫌だ」のように、同じ言動でも誰がするかによってセクハラになるかどうかが違います。これは、家に人が訪ねてきた時と同じです。ドアを開けずにインターフォンで対応する、玄関まで出て顔を見て対応する、家の中に上げてお茶を出して対応するなど、相手との親しさによって違いますよね。「家に入れろ」と無理強いはできません。決めるのは家に住んでいる人です。

 性に関しては、常に「嫌だ」と言った人の意見が通ることがルールです。セクハラは「嫌だ」と言いづらい特徴があるので、力のある側が「あなたはどう感じているの?」と確かめながら、言動に注意していくことが大切です。



徳永桂子(とくなが・けいこ) 思春期保健相談士。

 心が生きると書く「性」、心が生きて交わる・お互いの心を生かして交わると書く「性交」の漢字の通り、子どもたちがありのままの自分を肯定できるように。豊かなパートナーシップを築けるように。みんなで明るく肯定的に性について語れたらいいなと思って活動中。

 新報小中学生新聞に「ココロ・カラダ不思議つながり」を連載中。著書に「からだノート~中学生の相談箱」(単著)「LGBTなんでも聞いてみよう~中・高生が知りたいホントのところ」(共著)など。
 

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ココロ・カラダ不思議つながり

 
徳永桂子・著/上原明子・イラスト
A5変型判 128頁(オールカラー)

¥1,250(税抜き)
 



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