芸能・文化

琉球の歴史刻む現存最古の三線 琉球新報ホールで26、27日展示

翁長良明さんが入手した329年前に「志堅原比屋」が使ったとされる三線=24日、那覇市泉崎の琉球新報社

 琉球の歴史書「球陽」が記録する人物「志堅原比屋(しけんばるひや)」が使ったとされる329年前の三線を沖縄コレクター友の会の翁長良明さん(69)=那覇市=がこのほど入手した。製作の年代が明らかな現存する三線では最古の物とみられる。26、27の両日に那覇市泉崎の琉球新報ホールで行われる新社屋落成記念の琉球古典芸能公演に合わせて展示される。

 県立博物館・美術館の学芸員らが23日に現物を確認し、棹(さお)の部分は当時のものと判断した。来年2月開かれる同館の企画展でも展示する予定だ。

 翁長さんは「三線を弾く人たちの間ではよく知られる名器だ。音色が良い。材質は最高のクロキだ。今後も大事に保管していきたい」と語った。

 棹の部分には西暦で1689年に相当する「康熙28年」や作り手の名前とみられる「真壁里之子ウチ」「志堅原比屋求之」などが刻まれている。胴などその他の部分は張り替えなど手が加えられているとみられる。翁長さんは三線収集家から志堅原比屋の三線を入手した。

 「球陽」などの資料によると、志堅原比屋は南風原間切宮平村へ行って三線を弾いた。照屋という男が三線を譲ってほしいと頼んだため、志堅原比屋は照屋へ三線を売ったという。照屋の前に幽霊となって現れた女がいたが、その三線を弾くと二度と姿を見せなくなったという逸話が伝えられている。