芸能・文化

初代波上宮司の写真寄贈 金武御殿門中会 王府解体後、歴史守る

寄贈された初代宮司の金武朝芳氏の写真

 沖縄戦で消失した那覇市の波上宮の初代宮司、金武朝芳氏の写真がこのほど見つかった。尚久王を元祖とする金武御殿(ちんうどぅん)門中会顧問の尚勇さん(72)と金武朝昭(ともあき)さん(66)、野村朝生(ちょうせい)さん(54)が6月17日、波上宮を訪れて寄贈した。朝芳氏は、世代わりの激しい時代に歴史ある波上宮を守った。渡慶次馨宮司は「大変貴重な写真が手に入りありがたい」と感謝した。

 波上宮は琉球王府の直轄だったが、王府解体後は金武御殿に維持・管理を託された。金武御殿第14世の朝芳氏が、同宮が明治政府から官幣小社に列格された1890年3月より前から着任していたとされ、1908年まで無給で宮司を務めた。

 金武御殿門中会によると、日清戦争の際に宮司だった朝芳氏は、久米三十六姓を敵対視した寄留商人の氏子らを呼び集め「この非常時こそ、全県民は和をもって貴しとなす」と道理を説いた話が言い伝えられている。琉歌の教訓歌も多く残しており、野村さんは「大変大きな存在」と話す。

 沖縄戦で多大な被害を受けた波上宮は、戦前の宮司の写真は全て焼失した。13代目の吉田玄蕃宮司が5~11代目の写真を見つけたが、初代から4代目までの写真は見つかっていない。

 そんな折、渡慶次宮司が、今年正月に参拝に訪れた野村さんが金武御殿の分家だと知り、「初代宮司の朝芳氏の写真を探している」と協力を依頼。朝芳氏の写真は、戦前の尚家の写真と共に兵庫に疎開した親族が持っており、戦火を免れていた。4~5年前に写真をコピーして持っていた野村さんが、朝芳氏の修復した写真を寄贈した。

 波上宮は、戦前は二代目までが県出身者だったとみられる。二代目の保栄茂朝意(びんちょうい)氏の写真はまだ見つかっていない。情報提供などの問い合わせは波上宮(電話)098(868)3697。