社会

米軍に占領意識 元村議の述懐 撤去決議 今も実現せず【黒煙の行方(中)】

 B52戦略爆撃機が嘉手納基地内に墜落してから6時間後の1968年11月19日午前10時、嘉手納村議会は緊急の臨時会を開いた。議場は事故に対する強い怒りで満ちていた。

 「戦後最大の恐怖にさらされた。この日は嘉手納村は基地が攻撃されたものとみて、避難態勢まで取るほどの戦争の恐怖をまざまざと味わった」。議会冒頭、現状説明に立った古謝得善村長(当時)は怒りに震える声で抗議した。古謝村長は事故後に現場に向かったが、米軍から立ち入りを禁止されたことや、事故についての説明を求めたが応じてもらえなかったことを報告した。


B52墜落後に開かれた嘉手納村議会臨時会を振り返る渡口彦信元議員=14日、読谷村内の自宅

 議員らは強い口調で事故を相次いで非難した。当時村議だった渡口彦信さん(92)は「今回までたびたび同じような事故が繰り返されているという現状に鑑みて、もう基地撤去以外にはこのような事故を防ぐ以外はない」と決議に基地撤去を求めることを提案した。當山哲男議員(当時)は「全村民が一丸となって抗議行動に立ち上がるべきである」と訴え、基地の即時撤去と村民大会の開催を求めた。

 最終的に起草委員会がまとめた決議案には「米軍当局に対し、腹の底から怒りを込めて厳重に抗議するとともに、人間の不幸の根源であるB52と一切の軍事基地を即時撤去するよう強く求める」と記され、全会一致で可決された。

 村議会はB52が常駐を開始した同年2月にも同機の即時撤去を全会一致で可決していたが、墜落事故後の臨時会では基地の即時撤去にまで踏み込んだ。決議は村民の強い危機感が表れたものだった。渡口さんは「事故に対する強い憤りがあったからだ」と振り返った。

 住民にいや応なく、米軍の都合で嘉手納基地が運用される状況は半世紀たった今も全く変わっていない。F35最新鋭ステルス戦闘機やF22ステルス戦闘機などの外来機が飛来するたびに騒音が激化し、周辺住民を苦しめている。今年4、9月には国連軍地位協定に基づき、豪州などの空軍機も嘉手納基地に飛来した。

 嘉手納町議会は復帰後、500件以上の基地被害に抗議する決議を可決している。今年6月の定例会では5日間だけで、F22の暫定配備やF15の墜落などに抗議する5件の決議を可決した。元村議の渡口さんは米軍による事故がなくならないことについて、こう指摘する。「米国はまだ占領意識が抜けていない。日本政府の弱さが原因だ」
 (安富智希)