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元なでしこ代表・高良亮子が引退 「沖縄に恩返し」 後輩育成に意欲満々

 女子サッカーで沖縄県勢ただ一人、なでしこジャパンのフル代表(日本代表)を経験し、国際舞台で活躍してきた那覇市出身の高良亮子(28)が古傷の膝の影響で現役引退を決意した。ノルウェーに渡り1年、契約延長の打診もあった中、悲鳴を上げる自身の体を見詰め直し、熱が出るほど悩み抜いた結果の決断だった。今後は選手層拡大や競技力向上など、サッカーと向き合う少女たちの育成を図る道を歩む。高良は「沖縄への恩返しの気持ちでやっていく」と新たなフィールドに意欲満々だ。 (屋嘉部長将)


県内で女子サッカーの普及と競技力向上を目指したいと語る高良亮子=20日、那覇市泉崎の琉球新報社

 高良がサッカーと出合ったのは小禄南小2年の時だった。2歳上の兄の影響で始めた。周囲は男子がほとんどだったが、左サイドハーフでめきめきと実力を開花させ、所属していたFC南では県大会優勝を経験し、全国大会にも出場した。小学5年生と6年生の時には女子でただ一人、県選抜にも選出された。

■成長を求めて

 当時中学校にサッカーの女子チームは少なく、全国各地から実力者がそろう鹿児島の神村学園への進学を決めた。中学生で親元を離れて寮生活をする環境にホームシックになる選手がいる中、とにかくサッカーができることを楽しんだ。「できなかったことができるようになってどんどんやってみようという充実した毎日だった」

 高校時代には主将も任された高良のもとへは、クラブチームや大学から多くのオファーがあった。大学進学後にプロへ行く方法もあったが「プロの選手、日本代表になりたい」との思いは強く、高校卒業後の2009年にINAC神戸に入団した。プロ選手となり、一番強く感じたのは競技力の圧倒的な差だった。テクニックはもちろん、スピードと判断力の速さに大きな違いを感じたという。

 神戸ではリーグ優勝を経験するも、高みを目指してベガルタ仙台へと移籍し、攻守に絡める高良の個性はさらに輝いた。13年には目標だったなでしこジャパンの一員として国際舞台を経験。重圧はあったものの「気負ってしまってはいつものプレーができない。サッカーを楽しむ」ことを忘れずに、進み続けた。


なでしこリーグ公式戦でプレーするベガルタ仙台の高良亮子=2015年5月、南城市陸上競技場

■けがから引退

 国際舞台を経験し、外国人選手への対応力に必要性を痛感した。この課題の改善を目指し17年にノルウェー1部のLSKクビンネルに移籍。ミットフィルダーとして15試合に出場し、3得点と活躍しチームも優勝した。欧州の各リーグのトップチームが集うチャンピオンズリーグにも出場した。しかし、高校時代に右膝、プロ入り後に左膝をけがしており、90分フルで出場することも難しい体になっていた。試合後は日常生活に影響が出るほど痛む時もあった。チームからの契約更新の話や他のチームからオファーもあった。気力はある。それでも体が悲鳴を上げ、今年1月に引退を決めた。

■第2の人生

 引退した直後に高良が思ったのは沖縄への感謝と子どもたちの可能性を伸ばすことだった。現在は県内に住みながら、自身の経験を伝える活動をするために県外を行き来する日々だ。その中で、県内の女子サッカーの選手層拡大と競技力向上のための大会開催に向け、動き始める。初の公式的な活動として、来年1月に県内で大会と触れ合い交流会(クリニック)を開く。

 大会名には「天才」を意味する「GENIUS」をつけた。そこにはサッカーでは天才ではなかったが、努力することで「天才」を目指した高良の思いが込められている。約20年間走り続けたサッカー人生。「これからは沖縄の女子サッカー選手の才能と練習環境をよくしていきたい」。沖縄への感謝の思いを胸に新たなフィールドでのキックオフの笛は鳴ったばかりだ。

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 たから・りょうこ 1990年4月9日生まれ、那覇市出身。小禄南小2年の時にサッカーを始める。神村学園中・高等部を経てINAC神戸レオネッサ、ベガルタ仙台レディースで活躍した。2013年には日本代表に選出。17年にはノルウェー1部のLSKクビンネルでプレーし、ことし1月に現役引退を表明した。