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戦争で荒廃した沖縄「なんとかしなければ…」 伝道40年 孤児育成の米牧師の功績しのび集会

戦後、名護市を中心にキリスト教の伝道に取り組んだハーラン・ウッドルフさん(左)と妻のエメラインさん(知念金徳さん提供)

 【名護】戦後の沖縄で、名護を中心にキリスト教の伝道に取り組んだ米軍の元従軍牧師がいる。2005年に死去したハーラン・ウッドルフさんだ。1948年に名護から伝道活動を始め、85年に帰国するまで約40年にわたって取り組んだ。ウッドルフさんをしのび、名護市宮里の宮里キリストの教会はこのほど、「第67回キリストの教会沖縄全島大会」を開いた。約130人が参加した。

 ウッドルフさんは1945年の沖縄戦時、米軍の従軍牧師として名護で勤務した。沖縄戦で荒廃した様子を見て「なんとかしなければ」と沖縄での伝道を決意したという。48年に妻のエメラインさんと共に再度来沖し、名護市を皮切りに各地で伝道を続けた。

 宮里キリストの教会はウッドルフさんが48年に創設し、54年に神学校の沖縄聖書学院も設立した。10年間続いた沖縄聖書学院は38人が卒業し、卒業生たちは現在も本島北部のキリスト教会で活動しているという。

 また、ウッドルフさんは身寄りのない子どもを引き取り育てた。70年代に宜野湾の「宇地泊キリストの教会」に拠点を移して、帰国する85年まで沖縄での伝道を続けた。帰国直前の同年、琉球新報の取材に「沖縄の人たちはみんな温かく私や子どもたちを受け入れてくれた」と振り返っている。

 全島大会では説教などがあった。沖縄聖書学院の1期生でキリスト家の教会の知念金徳名誉牧師は、ウッドルフさんをしのび「宮里区の行事にも積極的に参加し、区民の信頼を得ていた方だった」と振り返った。


「第67回キリストの教会沖縄全島大会」の参加者たち=名護市宮里の宮里キリストの教会