振興と被害、表裏 機能強化、影響すぐに 本紙記者ルポ ・在日米軍再編後の岩国基地


この記事を書いた人 大森 茂夫
岩国基地に移駐した第5空母航空団所属のFA18戦闘攻撃機=26日、山口県岩国市

 山口県岩国市の米軍岩国基地は今年3月末、在日米軍再編に伴う米軍厚木基地からの空母艦載機59機の移駐が完了し、約120機を擁する米軍嘉手納飛行場と並ぶ「極東最大級の航空基地」となった。2006年には住民投票で空母艦載機の移駐に反対する結果が示されたが、その後、市政が変わり、中央政府や米軍との協調路線の下で移駐受け入れの環境整備が進んだ。米軍再編で地域はどう変わったのか、沖縄ともつながる基地の街を訪れた。 (与那嶺松一郎)

愛宕山開発

 岩国基地から約4キロ離れた愛宕(あたご)山地域。かつて標高120メートルの雑木林だった愛宕山は、岩国基地の滑走路を海側に1キロ移す沖合埋め立て移設事業に使用する土砂として切り崩された。山から海までの3・4キロをベルトコンベヤーで土砂を運び出すという、基地建設のもう一つの現場となった。

 岩国基地の監視を続ける元市議の田村順玄さんは「辺野古の埋め立て事業で防衛省がやっていることは、全て岩国で実施したことをもう一度おさらいしている。岩国では滑走路の沖合移設に伴って弾薬庫や岸壁も整備された。この岸壁から普天間に配備されるオスプレイも国内に陸揚げされた」と指摘する。

 愛宕山からの約2千万立方メートルの埋め立て土砂搬出が完了した後、防衛省は切り崩された跡地を買い取り、厚木の空母艦載機の移駐に伴う米軍人の増加に備えた家族住宅を整備した。

 さらに「愛宕山スポーツコンプレックス」として、17年11月に完成した野球場「絆スタジアム」をはじめ、二つのソフトボール場やサッカー場、陸上競技場などの本格的な運動施設を一堂に集めた区域も、米軍用施設として一斉に整備した。これを岩国市が共同使用し、市民も利用できる形になっている。

 米軍再編の協力に応じた国からの再編交付金を使い、岩国市では4月から学校給食無料化も始まった。愛宕山地域への米軍住宅建設に反対してきた田村さんだが、受け入れが進んだ今の状況に「こうなると反対意見は表立って広がらなくなる」と顔をしかめた。

愛宕山跡地に建設され、正面入り口に星条旗と日の丸を掲げた野球場「絆スタジアム」=26日、山口県岩国市

建設ラッシュ

 「直近の3年くらいはバブル期のようだった」。岩国商工会議所の安本政人会頭は近年の市の景況感を評価した。

 沖合滑走路の建設が2010年度で完了した後も、米海軍の空母艦載機部隊の受け入れに関連した岩国基地内の施設整備や住宅建設をはじめ、愛宕山地域開発も加わって業界は建設需要に沸いた。

 安本会頭は、10年から17年に防衛省発注で4千億円の工事があったことを説明し「地域評価型の加点制度を作ってもらい、25%の1千億円くらいを地元で受けることができた」と経済効果を指摘する。

 岩国基地の滑走路を民間航空機も利用する岩国錦帯橋空港は12年に開港。羽田5便に加え、那覇空港との間を1日1往復する。自身も岩国基地の周辺で生まれ育った安本会頭は「滑走路を沖合に1キロ出したことで、騒音は以前と変わっている。艦載機が59機も来れば飛ぶ回数は増えるが、基地をマイナスではなく地域振興でそれ以上のプラスにする。沖縄との交流も広げたい」と強調した。

激増する苦情

 岩国基地を望む滑走路北側の岸壁。クリスマスまでは訓練が少なかったというが、26日は所属機がジェット音を響かせて活発に離着陸する光景があった。

 駐機場には12月に高知県沖で接触墜落事故を起こしたのと同型のKC130空中給油機やFA18戦闘攻撃機が並び、垂直離着陸が可能なF35Bステルス戦闘機が滑走路上でごう音を立ててホバリングを繰り返していた。普天間基地所属のMV22オスプレイも滑走路に姿を現し、上空を旋回していった。

 今年3月の艦載機の移駐完了で、住民生活への影響はすぐに現れた。市基地政策課によると航空機騒音の指標「うるささ指数(W値)」は滑走路北側の測定局で4月が75・4(前年同月71・9)、5月が74・6(同68・2)と上昇。市に寄せられた苦情件数は4月に748件(前年同月349件)、さらに5月は903件(同247件)と騒音被害は激増している。

 田村さんは「海兵隊、海上自衛隊、民間機が使用する岩国基地に、さらに米海軍の59機増は大変な変化だ。岩国が在日米軍のハブ基地になる中で、辺野古の工事が遅れても岩国があれば米軍の運用に影響はないと政府は考えているのではないか」と指摘した。

 地域住民への墜落事故の危険性防止や騒音対策として滑走路を沖合に1キロ出す対策が図られたことが、かえって米軍再編によって岩国への基地機能の集約・強化につながってきた。

 空母艦載機の受け入れに反対し、当時の市長として住民投票を実施した井原勝介さん(草の根ネットワーク岩国代表)は「安全安心を大義名分にしながら、新しい機能を持ってくる利用価値を裏に隠し持っていたからこそ国はあれだけの巨大な工事に予算を付けていた。辺野古の埋め立て事業も弾薬庫や岸壁が整備され、現在の普天間基地よりもさらに機能が強化される」と強調した。