県民投票告示まで1カ月 5市 投票見通せず


社会
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 2月24日投開票の県民投票の告示まで1カ月に迫った。不参加を表明した沖縄、宜野湾、宮古島、石垣の4市と、市長が態度を明らかにしていないうるま市で、正式な投票が行われない可能性が高まっている。玉城デニー知事は、最後まで投票事務を履行するよう求める方針だが、県が直接事務を行うのは困難との見解を示した。沖縄弁護士会などは、事務を拒む市長たちを批判している。これらの市長は安倍政権と近いことから振興策とリンクした態度との指摘もある。県民投票に向けた動きや課題をまとめた。

 5市が県民投票を実施しない場合でも残りの36市町村で行うことを県が表明したことに対し、市民団体などは全県実施を求めている。だが5市が協力に同意しない状況下では、条例改正や日程延期などをしても、全県実施を見通せる確証がないのが現状だ。

 県が全県実施を事実上断念したのは「さまざまな課題」(玉城デニー知事)を克服するのが難しいと判断したからだ。全県実施の方法として、5市に代わって県が直接、選挙事務に乗り出すことも検討された。

 この場合、通常市町村選管が手掛ける投票資格者名簿の調製を県が行うことになるが、5市から名簿の提供を拒否される懸念が拭いきれなかった。名簿がなければ誰が投票資格者なのか特定できない。また選択肢を辺野古埋め立ての賛否を問う2択から3択や4択に拡大する案について、事務を拒否している市長などが提案している。条例で2択と定めている以上、選択肢を増やすには条例改正が必要となるが、投票日が2月24日と迫る中、県議会臨時議会を開いて与野党が合意形成を図るのは困難だ。

 投票日は知事が定めることになっているため、5市の説得の時間をつくるために延期することは可能だ。ただ、条例公布から6カ月以内に投票を実施しなければならず、その期限は4月30日だ。延期しても年度の切り替わりで行政や県民が繁忙期に入ることなどを考慮し、日程変更は現実的ではないと県は判断した。

◆反対市長、議会を重視 県「執行、市町村の義務」

 県民投票に反対する市長らが一様に挙げている理由は、県民投票の予算を否決した市議会の決議は重いというものだ。結果によっては普天間飛行場の固定化につながるといった意見や、賛成と反対の2択では選択肢の幅が狭く、3択や4択に増やすことを検討すべきだとも主張している。再議で否決された経費を原案執行するかは首長に裁量があるとも述べている。

 これに対し県は、直接民主制は間接民主制を補完するものであり、県民投票は県民一人一人が意思を示す貴重な機会と捉えている。選択肢を増やす案は、県議会10月議会の委員会でも、自民党と公明党から提案されたが、賛成少数で否決された。本会議では与党の条例案が賛成多数で可決された。県はこうした経緯を尊重する考えだ。県民投票の事務の執行について県は地方自治法や条例により、市町村の義務だとしている。

◆有権者31% 権利喪失か

 市長が県民投票を実施しないことを表明している宮古島、宜野湾、沖縄、石垣の4市と、市長が態度を表明していない、うるま市の有権者は昨年12月1日現在、合計約36万7千人に上る。全県の有権者は約116万人で、実に有権者の約31・7%が県民投票で1票を投じることができない情勢となっている。

 一方、県民投票条例では、賛成、反対票のいずれかが投票資格者総数の4分の1に達した場合、知事は首相と米大統領に対して結果を通知しなければならないと規定している。5市を除いて計算すると、現状では少なくとも約20万人が4分の1の基準となる。

 直近の大型選挙である昨年9月の県知事選と同水準の投票率(63・24%)を県民投票でも維持できれば、50万人程度が投票所に足を運ぶ計算となり、条例に従い知事が沖縄の民意を日米両政府のトップに突き付けることになる。

 ただ投票率が50%を切って賛否が伯仲した場合、首相と米大統領に通知する規定を満たせない可能性が出てくる。

◆「直接民主主義を没却」 法曹界、事務拒否に警鐘

 県民投票の事務実施を拒む市長や市議会によって一部の有権者が県民投票に参加できなくなる恐れがある現状は、日本の民主制度や法体系の根幹を揺るがす事態となっている。11日に声明を出した沖縄弁護士会の天方徹会長は「全て等しく投票の機会が保障されなければならず、投票資格者の政治的意思を表明する権利をないがしろにし、直接民主主義の意義を没却する、由々しき事態といわなければならない」と強く警鐘を鳴らしている。

 日本では、主権者である住民の選挙によって選ばれた議員が政策を議論し、決定する間接民主制を基本としている。ただ、地方自治法は特定の政策について住民が直接意思を表明する機会を認め、県や市町村の条例によって実施ができる住民投票制度を定めている。

 条例を制定する場合は首長や議会の提案だけでなく、地域の住民自身も有権者の50分の1以上の署名を集めれば条例の制定を首長に請求することができる。住民からの請求を受けた首長は議会に条例を提案しなければならず、議会の多数を得て条例が可決されれば、住民投票を実施できる。

 今回の県民投票を求める署名数は、地方自治法上必要な約2万4千筆を大きく超え、41市町村で10万950筆(最終確定9万2848筆)が集まった。この請求によって県議会に提出された県民投票条例案は、自民、公明の反対はあったが、県政与党の賛成が過半となり可決をみた。

 実際の投開票事務の運営については県が市町村に移譲している。県が実施に要する予算は「義務的経費」として市長に理解を求めているのも、地方自治法が定める手続きを経て条例が成立し、住民投票の実施が有権者の権利として確定しているからにほかならない。市町村が必要経費を計上した補正予算についても、実施後に県が全額を交付金で補塡(ほてん)するため市町村に負担は生じない。

 沖縄弁護士会の天方会長は声明で「民主的プロセスを経て制定された法令を市町村首長の判断で無力化し、その結果、一部の県民から県の意思形成に参加する機会を奪うものであって、決して許されるものではない」と指摘する。「居住している地域によって投票できる者とできない者が生じることは、法の下の平等の見地からも極めて不合理というべきだ」と違憲性にも言及した。

◆住民主体「自主投票」も 5市

 首長の事務執行の拒否により県民投票を実施できない恐れがある5市について、地域住民が主体となって運営する「自主投票」や「模擬投票」を実施する方向で検討が進んでいる。辺野古埋め立て反対票を広げる運動に取り組む「新基地建設反対県民投票連絡会」は5市支部による連絡会議を組織し、首長が拒否を続けて県民投票が実施できない市が出た場合、代替手段や対抗措置について連携して検討していく。

 5市のうち、地域住民が自ら公民館などを借りて投票所を設置する自主投票について検討を始めている地域があるほか、はがきやインターネットでアンケートを実施する手法などについて議論が出ているという。

 県内41市町村全てで有権者が意思を示せる機会を確保することで、2月24日の機運をそぐことがないようにする狙いがある。ただ、いずれの場合も県民投票の正式な開票結果には反映されず参考値となる。

 また、投票資格者の確認や二重投票の防止などをどのように行うかといった実施の方法を巡る技術的な課題もある。12日の基地建設反対県民投票連絡会の調整会議では今後、5市支部による連絡会議で課題の整理を進めながら、不参加の市が出た場合には自主投票など何らかの代替措置を取る考えだ。

 調整会議議長の照屋大河議長は「五つの支部が集まって情報と課題の共有、今後の共通な取り組みができるかということを話し合っていく。地域の考えを尊重しながら、共通に自主投票という取り組みがあるのであれば連絡会でそれを支えていく」と述べた。

◆民意「反対」なら県後押し 係争委判断来月末にも 国と法廷闘争迫る

 県民投票は2月24日に実施される。政府が辺野古沿岸部への土砂投入を続ける中、埋め立ての進展は限定的とは言え、環境への影響は避けられず、県は一刻も早く工事を止めたい考えだ。県民投票で埋め立て反対の民意が示されれば、今後の法廷闘争にも影響を与えるとの見方があり、辺野古新基地建設阻止を掲げる県の後押しになると期待されている。

 県は昨年8月、仲井真弘多元知事による埋め立て承認を撤回し、工事の法的根拠を失わせた。しかし政府は対抗措置として行政不服審査制度を使って撤回の効力を止める決定をした。県はさらに対抗し、国の決定に不服があるとして国地方係争処理委員会へ審査を申し出た。

 政府は昨年12月に辺野古沿岸部への土砂投入を開始した。同じ日に国地方係争処理委は初会合を開き、審査を実質的に始めた。国地方係争処理委の判断は2月末までに出すことになっている。

 期限ぎりぎりまで審査されれば、結論は県民投票後になるが、早期に判断されれば投票前となる。判断が出されれば早期に法廷闘争に入る見通しだ。

 ただ、県民投票の結果が裁判に与える影響の程度は不透明だ。

◆反対掲げる保守系首長 振興策とリンクか

 県民投票の事務実施を拒否している4市長は、保守系の首長グループ「チーム沖縄」を構成しており、翁長雄志前知事の誕生時から、辺野古新基地建設に反対する「オール沖縄」の勢力と対抗的な関係にある。安倍政権とのパイプを前面に出しながら、辺野古問題を巡る国との関係悪化が地域振興にも影響を及ぼしているとして県政を批判する立場を取ってきた。

 4市長が「尊重する」という市議会での県民投票反対の動きと合わせて、一部不参加によって県民投票のなし崩しを図りたい政府与党にくみする政局の影がちらつく。

 その中で国の振興策とのリンクが指摘される。年末に決まった国の2019年度沖縄関係予算は前年度当初と同額の3010億円となったが、自由度が高い沖縄振興一括交付金は95億円の削減となった。

 県と市町村で配分を決める一括交付金の総額は減額が続いており、市町村が不満を募らせる要因となっている。

 一括交付金が減った分、国の直轄事業の割合が広がり存在感を増している。宜野湾市の西普天間住宅地区跡地の「沖縄健康医療拠点整備経費」は前年度約20倍の59億円が計上され、整備が加速する。さらに19年度は、国が市町村に直接資金を交付する30億円の「沖縄振興特定事業推進費」も新設される。沖縄市の1万人収容の多目的アリーナ施設整備で、防衛省が交付を決めている「米軍再編推進事業交付金」と組み合わせて交付される可能性がささやかれている。

 こうした政権との関係の近さや振興への期待が、県民投票を巡る首長の判断にも影響を及ぼしているとの見方がある。本来であれば住民の投票の権利を保障するべき立場にある行政の長として、中立性についての説明が求められる。