政治
沖縄フェイクを追う~ネットに潜む闇~

連載「沖縄フェイクを追う」 ファクトチェック取材班座談会

 琉球新報ファクトチェック取材班は今年1月1日から同21日まで、「沖縄フェイクを追う~ネットに潜む闇」を連載した。昨年11月に取材班を結成してからインターネット上でまん延している沖縄に関するフェイク(偽)情報やヘイト(憎悪)表現の発信者を追った。取材を通して感じたことを取材班が話し合った。

【記者座談会参加者】社会部・池田哲平、中部報道部・安富智希、東京報道部・滝本匠、デジタル編集担当・宮城久緒



琉球新報ファクトチェック取材班の池田哲平記者(左端)、安富智希記者(右端)、松永勝利報道本部長(左から2人目)、宮城久緒デジタル編集担当局付部長(同3人目)。パソコンの画面は取材班の滝本匠東京報道部長=21日午後、琉球新報編集局の取材部屋

―沖縄フェイクを追った感想は。

 池田 当初は何から手を付けていいか分からなかった。ネットに詳しくなく手探りだった。関係者を取材するうちに、サイトの運営者などの情報が少しずつ分かってきた。偽情報が流れた際には周囲から丹念に取材していくことが必要だと感じた。

 安富 フェイク拡散の構造と特徴を知りたかった。フェイクは「ネタ」と言い換えられる。多くの人に受けるネタを書けば、読者が増えて広告収入につながる。記事や投稿に「いいね」が多く付けば承認欲求が満たされる。ネタの評価基準は面白いか、そうでないかで真実は問われない。

 滝本 ファクトチェックは調査報道だとの認識を強くした。取材手法自体は新しいものではない。裏付けとなる事実を追求し言説を検証する。自分たちで事実を調べて自分たちの責任で事実を記事にしていく。まさに記者活動の醍醐味(だいごみ)と言える作業だった。

―中傷や攻撃的な言説に触れどう感じたか。

 宮城 沖縄県知事選挙期間中、知事選に関しツイッターで発信された投稿を分析した。告示前後の数日は約20万件の投稿を半日以上かけて目を通した。悪口ばかりで気がめいったが、読み終えた時に傾向をつかむことができるのではないかと眠気を我慢して読み通した。ほぼ玉城デニー氏への中傷だったことにがくぜんとした。

 安富 事件事故の被害者をあざ笑う醜悪な投稿を多く読んだ。心が汚れるのを感じた。投稿者はフェイクを信じる信じないというよりは楽しんでいるという感じだった。歴史などを知っているかどうかだけの問題ではない気がする。

―フェイクやヘイトの発信者を追った。

 池田 ブログ「余命三年時事日記」を読み弁護士に懲戒請求を出した複数人を尋ね、東京近隣を歩いた。不在者には手紙をポストに投函(とうかん)したところ、メールが送られてきた。「非常に気分を害している」「お答えする義務はない」などとして取材には応じてもらえなかった。

 千葉県内の懲戒請求者の家を訪ねた時、部屋の中から人の声がした。呼び鈴を鳴らすと音が聞こえなくなり、応答もしてもらえなかった。他の請求者にも取材の趣旨などを書いた手紙を送ったが返信はなかった。取材を受けてくれた人は1人だけ。しかも玄関先で短時間だけだった。

 滝本 フェイクをつくるサイトの制作者を追うために都内の登録住所をたどった。目的の集合住宅の入り口には居住者の名簿が張り出されていた。部屋は400近くあり、記載されていた名前とサイトに登録された名前を照合した。だが登録された名前はなかった。

 別のサイトの公開情報にあった制作者の住居も捜したが住んでいなかった。住所確認のため、国立国会図書館で数年分電話帳をめくった。調査を終わろうとした時、電話番号を見つけた。静かな図書館でガッツポーズを決めていた。電話はつながらず手がかりはついえたが、一つ一つつぶす作業でしか調査報道は成り立たないのだと思う。

―フェイクやヘイトの発信者はどう映ったか。

 池田 攻撃的な表現を含んだ記事を発信したサイト「ネットギーク」の運営者の携帯電話に何度かかけたが応答はなかった。当初は呼び出し音が鳴ったが12月中旬以降、「お出になりません」とのメッセージが流れるだけになった。着信拒否などで意図的に避けたのかもしれない。さらに12月中旬以降、琉球新報社からネットギークのサイトが閲覧できなくなった。ネットギーク側から遮断された可能性があることが分かった。運営者は表に出ることを徹底的に避けていた。

 安富 ヘイトやフェイクを流す人は匿名が多い。匿名はネットの特徴なので一概に悪いと思わないが、言いっ放しで理解しようとしないことに問題点がある。そこにコミュニケーションは生まれず、被害者の傷がえぐられるだけだ。

―こだわったことは。

 宮城 取材した経緯も丸ごと書くこと。沖縄フェイクの発信者を追うのが目的だが難しい取材になると予想できた。発信者にたどりつけなくても取材の経緯を記すことで、ネットでフェイクやヘイト(憎悪)を発信する人のえたいの知れない、闇の深さが浮き彫りになると思った。執筆記者の名前を記すこともこだわったことだ。不安はあったが名前や素性を隠して攻撃や中傷する人々を批判したり、疑問を呈したりする側の私たちが匿名ではいけないと思った。

 池田 余命三年時事日記の読者の中には自分の情報が相手には知られないと思って、弁護士に懲戒請求を送りつけた人もいたと思う。SNSなどで意見の発信が容易になった分、中傷を発信した先に生身の人間がいることが見えなくなってしまっている。

 ネットギークの運営者の連絡先を知った後、自分の氏名、連絡先を記してメールを送った。運営者は正体を隠して個人攻撃をしていた。個人情報を相手に伝えたことでネット上で攻撃を受けることも想定された。だが、記事の執筆には責任が伴う。取材する側の身分を明らかにした上でサイト運営者を正面から取材し、情報を発信する責任を厳しく問いたいと考えた。

 安富 取材中は常に心配だった。記事で自分の名前が出るたびに自分も「ネタ」になると思った。でも、取材を通して分かったのは発信者自身、強烈な思想信条があるわけではなさそうだということだ。差別をネタに楽しんでいるだけの人。パソコンの画面の奥にいるえたいの知れない人物だから怖かったが分かってしまうと何でもない。向こうもおびえていたと思う。現に取材も受けなかった。ただ、その影響を受けた読者が何をするか分からない怖さはある。

―反響は。

 滝本 昨年の県知事選で実施したファクトチェックは、全国の現場の記者たちから手法や課題について問い合わせを多く受けた。これほど「やりたい」と思っている記者がいることに驚いた。自分たちも、取り組みはどうしたらいいのかという実践的な問いがほとんどだった。本紙は以前から沖縄フェイクにさらされて、それをただす報道を続けてきた素地があったからこそ、自然にファクトチェックができたのかもしれない。

 宮城 知事選で取り組んだツイッター分析について、東京でのセミナーで報告した。席は埋まり関心の高さをうかがわせた。「選挙期間中に行うことにためらいはなかったか」「どのような体制で行ったのか」など数多くの質問を受けた。「本社も取り組みたい」と言う人も多く心強かった。ネットの話なので横文字や特殊な用語が多い。だが、ネットに普段接する機会が少ない読者にも理解してもらえるように分かりやすく書くことを心掛けた。社の先輩から「分かりやすかった」と声を掛けてもらったり、推理小説を読んでいるみたいだったと感想をもらったりした時はうれしかった。

 安富 取材中、いろいろな人を傷つけたかもしれない。緑ヶ丘保育園の関係者には彼らを中傷する記事を読んでもらったし、大手まとめサイトの保守速報から攻撃を受けた、大阪府在住の在日朝鮮人女性の李信恵(リシネ)さんには、つらい体験を思い出させてしまった。だから責任を持って記事を書かなければならなかった。僕が傷をえぐる側になる可能性もある。そういう緊張感があった。その中で、李さんから別れ際に「あなたに会えて良かった」と言われたのには本当に救われた。

―フェイクやヘイトはなくすことができるか。

 池田 弁護士懲戒請求の問題は根底に差別がある。裁判を起こされ、和解を名乗り出た懲戒請求者は弁護士に対して「洗脳されていた」などと謝罪を手紙に書いた。だが、請求者らの行動はブログによる「洗脳」だけが問題だとは思えない。懲戒請求者自身が内面と向き合わないと、今後も同じように自身の差別的な意見や衝動が表に出るのではないか。

 安富 フェイクやヘイトはなくならないと思う。これまでもあったし、これからもあるだろう。でも影響力を持たせてはならない。フェイクの構造を知ることで影響力をそぐことができないかと取り組んだ連載だ。少しでもその目標が実現できればうれしい。

 滝本 本紙のファクトチェックが注目されることで、取り組みが全国的に広がることを期待している。4月に統一地方選があり、7月には参院選が控える。憲法改正の国民投票の問題もある。投票への判断が、誤った情報や曲げられた情報でゆがんだものになっては、この国の行方すら危うくしかねない。




~ 統括デスクから ~

 ファクトチェック取材班が発足したのは昨年11月初旬だった。ネット空間に広がる暗闇から、沖縄を標的に次々と撃ち込まれる偽と憎悪にまみれた言説を誰が流しているのか。それが知りたくて、取材班が発信源をたどる取り組みを始めた。

 若い2人の記者が東京などの県外に何度か足を運び、運営者らの所在を突き止める試みを繰り返した。取材班5人でつくったLINEグループは、現地に出向いた記者からの報告やデスクの取材指示などで、書き込みが増え続けた。

 発信者の何人かの氏名、拠点住所、携帯電話の番号、メールアドレスも判明し、電話をかけたり、メールを送ったり、拠点に足を運んだりもした。しかし発信者本人には一人も会うことができなかった。ネットの闇の深淵(しんえん)をのぞけないいら立ちが募った。連載記事は私たちがたどりつけなかったことも含め、取材の軌跡をありのまま読者に伝えようと決めた。

 記事ではネットに縁がない高齢者にも理解できるよう、専門用語をかみ砕いて文字にするよう心掛けた。このためネットに慣れ親しむ記者たちが書き上げた原稿は、最初の読者でもあるデスクの私による追記を指示するボールペンの文字で赤く染まった。

 ファクトチェックの取り組みは始まったばかりだ。連載はひとまず終えたが、これからも追跡と監視を続けることになる。

(松永勝利報道本部長)



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