複雑な本心難しく 県民投票記者座談会


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 琉球新報の県民投票取材班とファクトチェック取材班は1月14日から3月1日まで、辺野古新基地建設に伴う埋め立ての賛否を問う県民投票について市民団体、若者らの取り組みや賛否に揺れる県民を取材し、一般記事や連載、特集などを掲載した。23年間複雑な経緯をたどってきた米軍普天間飛行場移設問題で議論されてきたさまざまな論点を洗い出し、当事者らの思いを聞いた。取材を通して感じたことを取材班が話し合った。

【県民投票取材班】 多角的な報道 心掛ける

―取材や報道で心掛けたことは。

 中村万里子 県民投票の事務経費を計上した予算案を巡り、保守系が多い市町村議会で否決が相次ぐ事態となり、5市長が「不参加表明」した。行政法や政治学者は、事務を履行しないことは違法で民主主義にもとり、参政権を奪う違憲行為だと指摘した。それを連日のように紙面で紹介した。

 主権者である市民の声を拾い、反映させることを心掛けて解説記事を書いた。3択案が浮上し、2択や別の選択肢を主張する意見も強かったが、結果的に条例を改正し全県で実施された。そもそもなぜこの事態を招いたのか、当初の県議会で条例の議論を深める必要はなかったのか、2択ではなく3択で実施された投票をどう評価するのか、改めて総括する必要があると思う。

 山口哲人 期日前投票者数の分析を連日行っていたが、初日の結果を報じた2月16日付の記事は「出足好調」とミスリードする内容になってしまった。でも県民投票と知事選は投票期間が違う。それを加味して分析した結果、県民投票の期日前投票は低調だということが分かった。そこで「100万人が未投票」などと、投票率や投票者数以外の側面も報じるように配慮した。

 謝花史哲 分かりやすい紙面にするにはどうしたらいいかが難しかった。23年間曲折を経た問題で、県民も賛否で揺れてきた。それを今、どう評価するか。難しい問題だが暮らしの中でも話し合える材料になるような紙面を心掛けた。

 塚崎昇平 名護市で辺野古の基地建設を住民投票で問うのは1997年の市民投票に続いて2回目だ。当時との比較を意識して取材した。前回の名護市民投票は辺野古移設が浮上した当初だったが、20年以上たち、名護市民にも基地建設に翻弄(ほんろう)されることへの「疲れ」が見えた。

 松堂秀樹 「新聞はオピニオンリーダーだ」と新人の頃に聞かされたが、自分の学生時代を振り返ると、正論を一方的に振りかざしているように感じることがあった。基地問題では特にその傾向が強いと思った。今回の県民投票では、政府の主張も含めてなるべく多角的に、賛否双方の主張を丁寧に取り上げ、考える材料を読者に提供できるような紙面作りに挑戦した。

―取材で難しさを感じた場面は。

 塚崎 賛成の人たちの取材が難しかった。なんとか見つけた人たちに話を聞くと「本心は反対」「もろ手を挙げての『賛成』ではない」との思いが根底にあるのを感じた。そうした複雑さを抱えながら県民投票を迎えた人たちの思いをどう表現するべきかが難しかった。

 謝花 名護市出身で宜野湾市に住む2人の見解が印象的だった。1人は自身の故郷を思って辺野古への移設は反対としたが、県民投票に懐疑的だった。口にはしなかったが、諦めを感じた。もう1人は辺野古の振興を期待し移設に賛成だが、民意は大切と言っていた。複雑に揺れる感情が垣間見えたが、本心を聞き出すことはできなかった。

 松堂 社会面で「賛成 反対 私の1票」を連載したが、取材に応じる人を探すのに苦労した。宜野湾市で生まれ育った2人の女性は賛成と反対で意見は分かれていたが、地元愛や次世代を思う気持ち、県内移設に対する心苦しさは共通していた。苦悶(くもん)を強いられてきた当事者たちの本音を聞き出すのは繊細な作業で、難しかった。

 山口 投票を前に新基地建設反対県民投票連絡会の街宣車に同乗させてもらった。家から出てきて「頑張って」と栄養ドリンクを街宣スタッフに差し入れてきた女性もいたが、マンションのベランダに出てきて「うるさい」と激しい怒声を浴びせる男性もいた。県民の複雑な感情を目の当たりにした。埋め立てに賛成する人はなかなか取材に応じないし、公言するのをはばかられる空気がある。声に出せない思いをくみ取る難しさを感じた。

 中村 市長が県民投票を実施しないとしていた宜野湾市で1月、緊急100人アンケートを実施し市民から県民投票の在り方や辺野古移設について意見を聞いた。その際、年配の男性に質問すると、しばらく無言の後、「これは賛成、反対で片付けられるものではない。悪いけれど、とても答えられない」と返された。県民に対立や苦しみを強いているのは誰なのか。県民投票によって本土の人の中には、この問題を突き付けられたと感じた人も多いのではないかと思う。

―投票率はどう評価するか。

 山口 埋め立て反対の意思を明確にした43万人を矮小(わいしょう)化する政治家がいる。国政与党にその傾向が強いが、安倍政権の絶対得票率はどうか。直近の2017年の衆院選小選挙区では有権者4人のうち3人は自民党に投票していない。それでも小選挙区の4分の3の議席を占有する。県民投票で投票率が50%をわずかに超えるにとどまったのは残念だが、結果は結果として受け止めるべきだと思う。

 謝花 日本政府もそうだが、議論を盛り上げようとしない動きがあった。それでも半数以上が投票に行ったことは県民の意識の高さではないか。特に自民は静観しておきながら、投票率の低さを指摘するのは疑問に思う。投票に行った人たちの行動自体を否定しているようでならない。

 塚崎 辺野古区を含む、名護市の久辺3区の投票率に注目した。41%と、名護市内の全投票所で最低だった。辺野古区では「県民投票に行かないでおこう」という空気があった。区民から「意味がない」とか「結果ありきだ」との声も聞いた。それでも基地建設に関心がないわけではなく、それぞれの思いがあった。棄権者の思いをもっと丹念に文字化すべきだった。

―若い世代が躍動した。

 謝花 特に大学生が主体的だった。映像を使うなど情報発信も巧みだった。県民投票は改めて日本政府の説明不足、計画の不透明さを浮き彫りにした。ある大学生は沖縄の歴史や建設によって失う環境などを丁寧に説明したら「若者も理解する」と話した。若者は政治に無関心ではなく、争点の分かりにくさや政争が若者に距離を置かせている。上の世代にはそれへの責任がある。

 松堂 亡くなった翁長雄志前知事の在任中に県民投票の話が出たが、政治家らが調整できず、不発に終わった。そこで政局や選挙に縛られない元山仁士郎さんら若い人たちも一緒になって「『辺野古』県民投票の会」を発足させ、署名活動や要請行動、ハンガーストライキなどを通して「県民の、県民による、県民のための県民投票」を実現させた。政府は反対が7割を占めた県民投票の結果にかかわらず埋め立てを進めており、普天間飛行場移設問題の解決はまだ見えないが、元山さんら沖縄のこれからを背負う世代の力強さに希望を感じた。


【ファクトチェック取材班】中傷、知事選より減 実社会とネットに隔たり

―ネット上の状況は。

 中村 知事選の時は、ヘイトスピーチに近いデマや中傷が多数あった。それと比べると個人攻撃が少なかったかと思う。知事選の時より裏取りもしやすく、ファクトチェックに向いていたかと思う。

 宮城久緒 ファクトチェック取材班の3人で分担し、ツイッターの投稿に細かく目を通した。明らかに県外からの投稿だと思われる内容が多く、県民を対象にした世論調査の結果とツイッターの投稿から受ける印象も違っていた。ツイッターの投稿の傾向から実際の県民投票の結果を予想することは難しいのではないかと分析する中で感じた。

 池田哲平 知事選の時のように対立候補がいるわけではないので、一件一件の投稿を見ていく作業が必要で骨の折れる作業だった。中傷的な意見は少なかったが、県民投票の実施を批判するツイートが多かった印象だ。県民投票の事務や費用負担などについても、事実とは違う情報も飛び交っていたし、県民投票の会の元山仁士郎代表に対する心ない書き込みなどもあった。

 「中国脅威論」も頻繁に持ち出され、沖縄に基地が必要だする書き込みも多くみられた。国防を理由に県民投票を批判する主張は、実社会よりもネット空間の方がより強く出ているように感じた。

 安富智希 (埋め立てに)反対派と賛成派がそれぞれ主張を発信するというよりは、反対派の主張に「反―反対派」が対抗するというような空間だった。いわゆる賛成派と容認派の発信は少なく、目立ったものはなかった。工事を進める政府が説明責任を果たせていないから、そのような状況が生まれたのではないか。

 宮城 告示後の2月17日から琉球新報の公式ツイッターに質問箱を設け、読者から県民投票に関する質問を募った。回答はこれまでの琉球新報の報道や新たな取材を基に、できるだけ丁寧に答えるように心掛けたが、回答できた質問は34%にとどまった。紙面には生かしにくい企画だったと感じるが、ファクトチェックという意味合いから、疑問に対して事実で答えることは一定の効果があるかもしれないという印象を受けた。今回の取り組みを振り返り分析したい。

◆記者座談会参加者

 県民投票取材班…南部報道部・松堂秀樹(前列左から2人目)、社会部・謝花史哲(同右端)、政治部・山口哲人(同左端)、中村万里子(同右から2人目)、北部報道部・塚崎昇平(スカイプで参加)

 ファクトチェック取材班…デジタル編集担当・宮城久緒(後列右)、社会部・池田哲平(同左)、編集局付・安富智希(書面にて参加)