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<佐藤優のウチナー評論>WTOでの日本の「敗北」 国威高揚に使う韓国


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 11日、世界貿易機関(WTO)の紛争を処理する上級委員会は、韓国が東京電力福島第一原発事故の被災地などから水産物の輸入を全て禁止していることについて判決に相当する報告書を公表した。

 〈上級委は、パネルの判断はWTOの検疫関連協定の解釈に誤りがあると指摘。韓国の措置について「必要以上に貿易制限的」としたり、日本を不公正に差別したりしたものとはいえないとした。/また、韓国政府が消費者保護のためにどのような措置を取れば適切かは判断できないとし、食品で許容できる放射線レベルなど安全性の問題でも見解を示さないとした〉(12日本紙電子版)。

 ただし、報告書の内容を見ると、食品が安全な基準をもとに出荷されているという日本の主張は認められている。実にわかりにくい内容になっている。

 〈第一審は主に日本の食品で観測された放射性物質の実測値をもとに、韓国の禁輸を「恣意(しい)的または不当な差別」と認定した。これに対し、上級委は「食品の放射性物質をできる限り低くするため」とする韓国の主張への考慮が不十分だったとした。安全基準を独自に設ける裁量を各国に広く認めた形だ。〉

 〈ただ、敗訴の理由はあくまで第一審の審議が不十分とするだけだ。「日本の食品が安全な基準をもとに出荷されている」とする第一審の判断は、覆さなかった。WTOの紛争処理機関は、第一審と第二審の判決をともに採択するため、覆されなかった第一審の「安全」との認定はそのまま維持される。/韓国には輸入規制の是正を求めない。そして、日本の食品の安全性も認める。矛盾する両国の立場を立てるような「玉虫色」の判断に、ある関係省庁首脳は「判決変更の理由を第一審の手続きの瑕疵(かし)に押しつけ、日韓双方に良い顔をするずるい判決だ」と嘆いた〉(13日「朝日新聞デジタル」)。

 WTOを含む国際機関による紛争処理手続きは、純粋な法的判断だけでなく、さまざまな政治的要素が加味される。日本政府は、客観的な理屈では日本の立場は十分説得力のあるものなので、上級委員会でも第一審の判断が踏襲されると常識的な判断をしたのだと思う。それが覆ったのは、韓国が日本の予想をはるかに超えるロビー活動を水面下で行ったからと筆者は見ている。

 韓国は、今回の事態を国威高揚のために活用している。韓国の有力紙は、〈韓国の李洛淵首相が16日、世界貿易機関(WTO)の韓日水産物紛争で韓国が勝訴したことに対して「今回の紛争の全過程を記録として残し、後日の教訓としてほしい」と話した。/李首相はこの日午前、政府世宗庁舎で開かれた国務会議の冒頭発言でWTO勝訴について言及し、「WTOが我々の日本産食品輸入に関する紛争の上訴審で、韓国側の意見をほとんど受け入れた」とし「我々は日本産食品輸入規制を維持することになった」と話した。/李首相は続いて「紛争対応チームの4年間にわたる労苦の結果」とし「今回の逆転勝訴は、我々が最善を尽くせば難しく見える問題も十分に克服していけるということを立証した」と強調した〉(6日「中央日報」日本語版)と報じている。

 自信を付けた韓国は、徴用工問題や歴史認識問題でも日本に対する外交攻勢を強めてくるだろう。今後、日韓関係は一層悪化してくることになる。その結果、日本の排外主義的ナショナリズムが高揚し、沖縄に対する日本世論の姿勢が硬化する可能性がある。
(作家・元外務省主任分析官)

(琉球新報 2019年4月20日掲載)