少女乱暴事件、米軍ヘリ墜落…後断たない米軍事件・事故 基地に翻弄された時代に県民苦悩 〈平成の沖縄 基地・平和・いのち 上〉 


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 1989年1月8日に始まった平成も沖縄にとっては米軍基地に翻弄(ほんろう)された時代だった。95年に発生した米兵による少女乱暴事件で県民の怒りのマグマは沸き立ち、反基地感情が高まる中で日米両政府は米軍普天間飛行場の返還を合意するに至った。ただ、名護市辺野古に新基地を建設することを決定、普天間飛行場の使用も継続され、いまだ返還の見通しは立っていない。

 95年の事件を受け、復帰後初となる大規模な抗議集会では日米地位協定の改定と基地の整理縮小を求めた。96年実施の県民投票でも同様の意思が示された。在沖米軍基地の一部で返還は進み、跡地利用で大きな経済効果を生み出したが、2019年1月1日現在で米軍専用施設の70・28%が沖縄に集中している。

 基地があり続けるため、米軍による事件・事故も後を絶たない。米軍機は最新機種に更新され、基地機能は強化されている。今年2月の県民投票では辺野古新基地建設に伴う埋め立て「反対」が71・7%に達した。民意が何度も示される中、沖縄全体が背負わされている基地負担。危険性除去はいつになるのか。令和の時代での解決が求められる。

 (仲村良太)


元衆院議員・古堅実吉さん 植民地的押し付け

 昭和だから、平成だからという立場ではないが、74年前の地獄の沙汰としか表現できない沖縄戦では二十数万人の命が奪われた。県土は破壊し尽くされ、私自身も師範学校の鉄血勤皇隊として戦場にかり出された。多くの先生方、友人、あまたの同胞も失う経験をした。以来、戦争に結び付くいかなる基地の強化、軍隊の在り方についても断じて許してはならないと生き抜いてきた。これが沖縄の心というものだ。

 米軍があるが故に1995年の少女乱暴事件は起き、米軍による事件で多くの県民が犠牲になった。普天間飛行場は沖縄戦のさなか、住民を収容所に押し込んで取り上げて造ったもので戦時中に敵国の私有財産を没収することを禁じたハーグ陸戦条約に違反する。県民は辺野古新基地建設問題にも反対の意思を示し続けている。現状は植民地的基地の押し付けだ。沖縄の、日本全体のあるべき姿を一日も早く成し遂げなければならない。

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 平成の30年。多くの県民の注目を集めた基地、平和、長寿について振り返る。