社会

「置き去りにされたと思っていた」 フィリピン残留孤児が74年ぶり父と〝再会〟 「父は私を忘れてなかった」

冨里清繁さんの位牌に手を合わせ、祈りの言葉をささげる冨里ゼナイダスミコさんと親族ら=26日、うるま市勝連平敷屋

 【うるま】戦争で父と生き別れとなり、フィリピンに残留した冨里ゼナイダスミコさん(78)が26日、父冨里清繁さん(故人)の墓や位牌(いはい)に祈りをささげ、約74年ぶりの“再会”を果たした。ゼナイダさんは同日、清繁さんの故郷沖縄県うるま市津堅島や仏壇のある市勝連平敷屋を訪れ、父の生きた証しをたどった。親族らから歓迎を受け「父は私を愛してくれていたと感じた」と喜びをかみしめた。

 清繁さんの墓前に座ったゼナイダさんは、時折涙を拭い、亡き父に語り掛けるように静かに祈った。「小さい頃から孤独や不安を感じていたが、父が家族に会わせてくれた。私は一人じゃなかった」。清繁さんにはスミ子さん(故人)という妹がいた。生前を知る親族らが「似ているね」と口をそろえると、ゼナイダさんは「置き去りにされたと思っていた。父は私を忘れていなかった」とほほ笑んだ。


戦後撮影された冨里清繁さんの写真(冨里利雄さん提供)

 仏壇のある異母弟の冨里利雄さん(71)の自宅では、位牌に向かって祈りの言葉をささげたゼナイダさん。生前の清繁さんが地域の活動に尽力していたことを聞き「誇らしく思う」と笑った。2015年にゼナイダさんと対面し、今回の来沖にも協力した利雄さんは「自分が元気なうちにおやじがやり残したことを実現したかった。おやじも喜んでいるだろう」と語った。



関連するニュース






  • お知らせ


  • 琉球新報デジタルサービス







  • 他のサービス