芸能・文化

<メディア時評・事件報道での呼称>新聞ルール、浸透不十分 大胆な転換の契機に

 日々の事件を伝える上で外せないのが「誰が」という人の情報である。事件の加害者にしろ被害者であっても、あるいは政治・経済・国際・文化など、どんなニュースでも、氏名や所属、あるいは顔写真は、一般に新聞報道の必須アイテムとされてきた。一方でこの紙面扱いは、案外ややこしいルールで運用されており、読者にとっては疑問に思う場合も少なくないようだ。

 例えば最近の東京都内で起きた自動車暴走死傷事故でも、その運転者の氏名扱いを巡って、ちょっとした騒動となった。ではいったい、新聞紙面で「人」はどう扱われているのか、それはなぜなのか、新聞社の理屈は読者に伝わっているのか、改めて考えてみたい。


多様な氏名扱い


 新聞は慣例的に、ニュース領域によって氏名扱いを変えてきている(歴史的経緯は飛ばし、ここでは今日現在の一般的な紙面扱いを紹介する)。例えば、スポーツ・芸能ニュースでの主人公は「呼び捨て」が通例だ。ほかに呼び捨てが一般的なのは、人事のほか、歴史上人物が挙げられる。

 ただし後者も、死亡後、何日から呼び捨てにするかは、その人の知名度や社会状況次第という恣意的な判断が入っているようだ。

 それ以外の一般ニュースは通常、「肩書」と「敬称」の呼称が使用される。前者は、「社長、議長、首相、議員」などを指すが、「会社員、教師」といった職業呼称もよく使われるものの一つだろう。また、「無職」や「主婦」「学生」も、職業呼称の変化形といえる。この肩書呼称で問題になるのは「元」職肩書であろう。先に挙げた自動車事故の場合は、30年前の公職を付したことに違和感を持つ人もいたようだ。確かに、そこまでさかのぼるならば、一貫して「無職」は少ないだろうし、主婦も元職がある場合が多かろう。

 後者の敬称の一般例は、「さん」「ちゃん」「氏」で、新聞ではよく見かける呼称だ。ただし、肩書と敬称の使い分けは微妙で、一つの記事の中で、見出しは「氏」、本文は「肩書」という例も少なくない。さらには、先に挙げたスポーツ選手の場合、引退したり一般ニュースで扱ったりすると「さん」付けに変化する(たとえば、イチローさん)が、池江璃花子の場合は、現役であることもあって、「選手(肩書)」「さん(敬称)」「呼び捨て」と、新聞の中でさえバラバラだ。

 このほかに、「特定呼称」とも呼ぶべき、法律や慣習・ルールで決まっているものがある。逆に言えば、特定のニュース領域でのみ使用される、特別扱いの名前表示ということになる。皇室関係(「陛下、殿下など」)や事件関係(「容疑者、被告など」)がこれにあたる。なお、これらはすべて「実名」表記している場合の例だが、紙面上では「仮名」や「匿名」も少なくない。

 


犯人視しない


 この事件加害者の呼び方は、もっぱら刑事手続きに従って呼称を頻繁に変えているのが新聞界の習わしである。おおよそのルールは、逮捕前は匿名か肩書・敬称付きで、逮捕段階から「容疑者」呼称に切り替わる。この容疑者という用語は、メディア界の造語で、法律的には「被疑者」であって、しかも1989年頃まで、報道界は逮捕後の被疑者を「呼び捨て」としていたものの、犯人視イメージを低減させる目的で、呼称をつけるようになった経緯がある。

 このあたりを更に詳しくみると、以下の通りだ。
※任意の取り調べ段階(参考人)=原則匿名。ただし、公人(重大事件)は実名で肩書・敬称。再三挙げている暴走自動車事故の「元院長」はこのケースと言えるだろう。
※別件逮捕=匿名。日本の警察は別件逮捕で、身柄拘束の期間を延ばす捜査手法が一般的とされている(刑事ドラマでもよく利用されている)。本来は違法な捜査であり、このようなものは「任意の取り調べ段階」同様と報道界では理解し、同じ扱いをするということになっている。
※逮捕状の発布=容疑者
※書類送検・略式起訴・起訴猶予処分・不起訴処分・処分保留=肩書・敬称(氏)。ここで問題となるのは有名人の扱いだ。逮捕時の扱いも含め、過去の実例でいうと「タレント、リーダー、メンバー」などの肩書・敬称を使用し、容疑者呼称などを回避したことに、社会的に違和感が示されたことがある。現在進行中の事例では、ゴーン元会長の扱いも、この変化形といえるだろう。多くの紙面では、容疑者呼称も使用しつつ、肩書も併用しているのが実態だ。
※起訴・在宅起訴=被告
※再逮捕・追起訴=容疑者
※有罪確定=受刑者・死刑囚
※刑期満了後の仮釈放=敬称
※再審決定後=元被告
※無罪確定敬称(さん)


見直しの契機


 ただし、これらにはさらに例外がある。軽微な事件・事故、表現の自由にかかわる事件、公安事件など摘発に政治的色彩がある事件については、肩書・敬称をつける場合があるからだ。最近の例だと、山城博治議長がこれに該当する。ただしこの判断は、社独自の判断の余地があり、ほかの新聞では例外扱いをしない場合も少なくない。

 こうしてみてくると分かる通り、とりわけ事件報道の場合、建前としては逮捕段階の被疑者あるいは有罪確定前の被告を、犯人視しないための人権配慮として面倒な呼称の工夫をしていることがわかる。しかしそれが読者に伝わっているかと言えば十分ではなかろう。少なくとも「容疑者」呼称は30年を経て、いまでは真犯人をイメージさせる。そうであるならば、昨今の死傷事故を巡る呼称に関する議論は、事件報道を含め全体の呼称の在り方を見直すよい契機ではなかろうか。

 試しに、すべて肩書呼称の紙面を作ってみませんか。その際、高齢化社会が進むなかで、無職や主婦が最適の呼称かも大きな課題だ。

(山田健太、専修大学教授・言論法)

 

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