朝日新聞への公開書簡 翁長前知事は国王だったか<佐藤優のウチナー評論>


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 「朝日新聞」は、大きな影響力を持つ全国紙だ。23日の慰霊の日に関してこの新聞に掲載された上遠野郷元那覇総局長の記事に筆者は強い違和感を覚えた。以下、公開書簡の形で、筆者の問題意識を伝えたい。

 《「朝日新聞」上遠野郷様。

 「朝日新聞」に掲載されるあなたが書かれている沖縄関連記事を私はいつも注意深く読んでいます。25日の「朝日新聞デジタル」に掲載された「平和宣言に見えたデニー色/翁長路線から一転マイルドに」との見出しで書かれたあなたが署名した記事に私は強い違和感を覚えます。沖縄県民、県外に在住する沖縄人にとっても重要な問題と考えるので、公開書簡という形式で私の疑念を伝えます。

 あなたは、〈翁長氏は「イデオロギーよりアイデンティティー」を掲げて沖縄の団結を訴え、ヤマト(本土)をグサリと刺すような言葉を連発して県民の不満をすくい上げた。ただ、こうした姿勢に違和感や反発を覚える人たちも確実にいた。「沖縄ナショナリスト」「現代の琉球国王」と批判的に語られることも少なくなかった。/一方、米兵の父を持ち、貧しい家庭環境で育った玉城氏が昨秋の知事選以来掲げるキャッチフレーズは「誰一人取り残さない」だ。結束を呼びかけるような直接的な言葉ではなく、ウチナーンチュなら誰でも共感できる言葉を選んで訴える。英語も使い、内向きではなく世界に心を開いている姿勢も見せる。多様性や協調性を重視する玉城氏らしいバランス感覚がよく表れた平和宣言だった〉と書いています。

 翁長雄志前知事と私は親しくしていました。翁長氏を批判する沖縄人がいることも承知しています。沖縄は民主社会で、さまざまな意見を持った人がいます。ただし、〈「沖縄ナショナリスト」「現代の琉球国王」と批判的に語られることも少なくなかった〉というあなたの認識には強い違和感を覚えます。翁長氏に対して「沖縄ナショナリスト」という形容をする人はいます。しかし、翁長氏を「現代の琉球国王」というレッテルを貼って批判する人と、少なくとも私は一度も会ったことがありません。

 あなたは翁長氏が、〈「現代の琉球国王」と批判的に語られることも少なくなかった〉と書いていましたが、いつ、どこで、誰が翁長氏を「現代の琉球国王」と言っていたか、複数の具体的な事例を挙証する責任があると思います。これは言葉尻を捉えた批判ではありません。国王のような専制政治を翁長氏が展開していたかの如き批判が「少なくなかった」ということが事実ならば、沖縄人有識者の1人として翁長県政の問題点をきちんと検証する必要があると私が考えるからです。仮に翁長氏を「現代の琉球国王」という言葉で批判する事例が「少なくなかった」というあなたの認識が間違っていたならば、それは訂正されるべきです。

 あなたは結論部で〈平和宣言は、翁長氏の「こわもて路線」から玉城氏の「マイルド路線」に変わった。しかし、沖縄がヤマト(本土)に問いかけているもの自体は、何も変わっていない〉と述べています。

 私は翁長県政と玉城県政には違いがあると思います。玉城デニー知事は、県が掲げる沖縄21世紀ビジョン実現のための有識者会議「万国津梁会議」を設置しました。このメンバーに沖縄にルーツを持つ人は1人もいません。翁長前知事ならばこんな人選はしなかったと思います。必ず中核に沖縄人有識者を据えたはずです。沖縄の自己決定権は沖縄人の手によってなされるべきとの信念を翁長氏が持っていたからです。

 回答をお待ちしています。

    2019年6月29日、佐藤優》

(作家・元外務省主任分析官)

(琉球新報 2019年6月29日掲載)