社会

「悲劇を繰り返してはいけない」 参加者ら60年前と同じ晴れ空の下で祈る 沖縄・宮森小米軍機墜落事故

米軍ジェット機墜落事故が起きた午前10時40分に合わせ黙とうする遺族や参加者=30日午前、うるま市石川の宮森小学校体育館

 【うるま】60年前のあの日も、よく晴れた日だった―。30日午前、宮森小学校米軍ジェット機墜落事故の慰霊祭が青空の下で開かれた。当時の在校生や遺族ら400人余が参列し、犠牲者18人の名前が刻まれた「仲よし地蔵」に花を手向けた。親子連れの姿も多く、遺族らの「悲劇を繰り返してはいけない」との思いを次世代へつなぐべく、思いを新たにした。

 節目の年ということもあり、例年の倍以上の関係者らが参列した慰霊祭。式典では事故発生時に近い午前10時40分ごろ、参加者全員で黙とうをささげた。平和メッセージ最優秀賞に輝いた比嘉百亜(もあ)さんの詩も場内アナウンスで読み上げられた。ハンカチで涙をぬぐう参加者の姿もあった。

 石川中学校1年生だった城間みえ子さん(72)は、きょうだい3人が宮森小に通っていた。3人は無事だったが「日がたつにつれ、事故が過去のものになってしまうのでは」と危機感を募らせ、初めて参列した。今でも米軍機が飛び交う現状に「60年たっても何も変わっていない。なぜ変わらないのか」と憤った。

 祖母に当たる金城カヨさんを事故で亡くした金城秀彦さん(44)は、息子の秀磨さん(8)=宮森小3年=と共に参列した。「自分たちの世代が引き継がないといけない。事故が起きない平和な世の中で幸せになってほしい」と秀磨さんを見詰めた。

 上間智之さん(23)=東京都=は、祖父の弟を事故で失い、家族そろって慰霊祭に足を運んだ。60年の節目で初めて参列した上間さんは、体験者や遺族が高齢化していることに「慰霊祭や事故を記録する取り組みを続けていくことが大事だ」と話した。



関連するニュース






  • お知らせ


  • 琉球新報デジタルサービス







  • 他のサービス