板門店米朝首脳会談 緊張緩和生む「神秘の力」<佐藤優のウチナー評論>


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 6月30日、韓国と北朝鮮の軍事境界線上にある板門店で米国のトランプ大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が会談した。米朝首脳会談は去年6月のシンガポール、今年2月のベトナムに続いて、これで3回目だ。

 北朝鮮政府が事実上、運営するウエブサイト「ネナラ」(朝鮮語で“わが国”の意味)日本語版は、7月1日に朝鮮中央通信を転載し、こう報じた。

 〈敬愛する最高指導者は、トランプ大統領が6月29日から30日まで南朝鮮を訪問する機会に、非武装地帯で金正恩国務委員長と会いたいという意思を伝えてきたことを受諾し、板門店南側地域へ出向いてトランプ大統領と電撃的に対面した。/30日午後、全世界が注目して見守る中、わが党と国家、武力の最高指導者金正恩同志が板門閣を出てアメリカ合衆国のドナルド・トランプ大統領と板門店分離線の前で歴史的な対面を行った。/1953年の停戦協定以降、66年ぶりに朝米両国の最高首脳が分断の象徴であった板門店で互いに手を取り合って歴史的な握手をする驚くべき現実が広げられた。/敬愛する最高指導者は、トランプ大統領と120余日ぶりに再び会ったことについて懐かしくあいさつを交わし、大統領を案内して板門店のわが方(北側)の地域に歩みを移した。/敬愛する最高指導者とトランプ大統領が板門店のわが方地域の板門閣の前にまで来て再度手を取ることによって、米現職大統領が史上初めて軍事境界線を越えてわが領土を踏む歴史的な瞬間が記録された〉。

 米国と北朝鮮は国際法的に戦争状態にある。「敵国」の最高首脳であるトランプ氏が、2分足らずであったとはいえ、北朝鮮の領域に足を踏み入れたことは、米国が北朝鮮の存在を認めるという象徴的意味がある。北朝鮮外交の大きな勝利だ。

 今回の米朝首脳会談は、前日の6月29日にトランプ氏がツイッターで呼びかけたのに対し、金正恩氏が応え、電撃的に行われたという演出がなされたが、昨日の今日で首脳会談が実現されるようなことは外交常識に照らしてあり得ない。6月にトランプ氏と金正恩氏の間で、親書のやりとりがなされたことが公表されたが、このときの米国側窓口になったのは、国務省ではなく、大統領に直接アクセスすることができるNSC(国家安全保障会議)だったことだ。北朝鮮は、トランプ氏と直接ディール(取り引き)をしなくては、米朝関係は進まないと考え、インテリジェンス機関を用いた工作を強め、それが成功したということだ。

 米朝首脳会談の意義について前出の「ネナラ」はこう報じた。

 〈朝米の最高首脳は、今後も連携を密にして朝鮮半島の非核化と朝米関係において新しい突破口を開くための生産的な対話を再開し、積極的に推し進めていくことで合意した。/敬愛する最高指導者は、トランプ大統領との立派な親交があったので、たった一日間に今日のような劇的な対面が実現したと述べ、今後も自身とトランプ大統領との立派な関係は他人が予想もできないよい結果を引き続き作り出すであろうし、ぶつかる難関と障害を克服する神秘な力として作用するであろうと語った〉。

 確かにトランプ氏と金正恩氏が連携することにより常識ではあり得ない「神秘的な力」が生まれたことは間違いない。首脳会談によって、朝鮮半島の緊張は緩和に向かった動きを強める。朝鮮半島有事に備えることが辺野古新基地建設の重要な理由にされてるが、その根拠が崩れつつある。

(作家・元外務省主任分析官)

(琉球新報 2019年7月6日掲載)