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INF廃棄条約と沖縄 核廃絶の訴え強化を<佐藤優のウチナー評論>


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 2日、米国が米ロ間の中距離核戦力(INF)廃棄条約を正式に破棄した。この出来事が沖縄の安全保障環境に影響を与える可能性がある。米国は、ロシアの条約違反を破棄の理由にしているが、真相は異なる。中国の中距離弾道ミサイルに対抗する必要を感じ、INF廃棄条約を破棄したのだ。中国に対抗し、中距離弾道ミサイルが沖縄の米軍基地に配備される可能性を筆者は懸念している。日本には非核3原則があるので、核兵器の持ち込みはできない。しかし、技術的に核弾頭を中距離弾道ミサイルに搭載することは可能なので、沖縄が核戦争に巻き込まれるリスクが高まる。

 歴史は、振り子のような動きをする。現実主義と理想主義、国家主義と国際協調主義の間で振幅する。歴史の振り子が現実主義と国家主義に傾いているときに、核軍拡が行われる。過去の歴史では、核軍拡が進む過程で大国の指導者に「このままでは破滅だ」という危機意識が強まった。

 そしてこれら大国の指導者は、核戦争の回避に向けて勇気ある動きを示した。

 キューバ危機におけるケネディ米大統領とフルシチョフ・ソ連共産党第1書記、中ソ対立における核戦争の危機を回避した周恩来・中国首相とコスイギン・ソ連首相、ヨーロッパへの中距離核ミサイル配備撤回をめぐるレーガン米大統領ゴルバチョフ・ソ連共産党書記長らによる勇気ある決断を私たちは過小評価してはならない。現在、現実主義と国家主義に過度に振れている振り子を、理想主義と国際協調主義の方向に戻さなくてはならない。

 この関連で重要なのは、1947年の第2回国連総会にアルベルト・アインシュタイン博士が送った公開書簡だ。そこでアインシュタイン博士は国際緊張の原因についてこう指摘した。「現状の行きづまりは、信頼するにたる十分な超国家的権威が存在しないという事実の表れです。その結果、すべての政府の責任ある指導者たちは、偶発的戦争という仮定に基づいて行動することを余儀なくされています。このような仮定から発して打たれる手はことごとく、一般的な恐怖および不信感を育てる結果となり、さらに終局的な破壊を促進することになってしまいます。国家の軍備がどんなに強力なものであろうと、それはいかなる国家にとっても、軍事的な安全保障をつくり出してくれるものにはならず、また平和の維持を保証してくれるものでもありません。」

 この公開書簡で提案された世界政府の樹立は、残念ながら現状では非現実的だ。ただし、アインシュタイン氏の現状認識は21世紀の現在も有効性を失っていない。核大国の横暴を許さないために重要なのは、核大国が対話を拒否して今回のINF廃棄条約を破棄したような一方的な行動を行わないようにすることだ。非核保有国の指導者にとって重要なのは、核戦争につながりかねない問題について、核大国の指導者に対話を促すことだ。

 非核保有国である日本政府が核廃絶に向けた対話に真摯に取り組むように働きかけていかなくてはならない。いずれにせよINF廃棄条約破棄という出来事は、沖縄に影響する可能性があるという現実に対する認識を沖縄の政治家、マスコミ関係者、教育関係者が強め、核なき平和を強く訴えていく必要がある。

(作家・元外務省主任分析官)

(琉球新報 2019年8月3日掲載)