日韓関係と地政学 改善の鍵は日朝交渉<佐藤優のウチナー評論>


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 韓国の文在寅政権が交代すれば、日韓関係が改善するという見方があるが、筆者はそれに与(くみ)しない。日韓関係悪化の背景に構造的要因があるからだ。

 第1は韓国の経済力がついたことだ。日韓基本条約が締結された1965年時点の1人当たりのGDPを見ると韓国が109米ドル、日本は920米ドルだった。それが2018年時点では韓国が3万1000米ドル、日本が3万9000米ドルだ。しかも韓国の方が物価が安いので、皮膚感覚での生活水準は同レベルになる。

 日本をビジネスや観光で訪問する韓国人は、「生活水準のレベルが同じであるにもかかわらず、国際社会で韓国の影響力が日本よりもはるかに低く評価されていることは不当だ」という認識を抱く。

 そこから、1965年の日韓基本条約とそれに付随する請求権協定が、日本に比して国力が圧倒的に弱かった時点での韓国に押しつけられた不平等条約のように見えてくる。国力に応じて、日本とのゲームのルールを見直すべきだという認識を韓国人は抱いているのだと思う。

 第2の要因が2018年6月12日のシンガポール米朝首脳会談後に生じた北東アジアの地政学的変動だ。地政学では、世界は大陸国家と海洋国家に区別される。大陸国家は、軍事力を背景に支配する領域を拡大することで国力の増強を図る。これに対して海洋国家は、経済力を強化し、貿易によるネットワークを地球的規模で形成することによって国力の増強を図る。日本、米国、英国は典型的な海洋国家で、中国、ロシアは典型的な大陸国家だ。ちなみに半島国家は、大陸国家と海洋国家の要素を併せ持つ。

 ただし、韓国は特殊な要因を持っていた。1953年の朝鮮戦争停戦協定により北緯38度線付近に軍事境界線が設けられ、ヒト、モノ、カネの移動ができなくなった。その結果、韓国は大陸から切り離され、地政学的には海洋国家として歩むことになった。経済を発展させ貿易立国の道を選んだのである。地政学的に米国、日本と同じ海洋国家戦略をとってきた。

 しかし、2018年6月12日の米朝首脳会談後、朝鮮半島の緊張緩和の方向が明確になり、近未来に朝鮮戦争が終結し、北緯38度の軍事境界線が撤廃される見通しが出てきた。

 この展望を踏まえて、韓国が地政学的に本来の半島国家に回帰しつつあるのだ。具体的には、韓国が中国に引き寄せられているのである。その結果、韓国、中国、北朝鮮が連携して、日本と対峙(たいじ)する構図が生じつつある。韓国が日本との関係悪化を恐れなくなったのも、中国が後見してくれることを地政学的に見通しているからと思う。

 それでは、日韓関係が改善するタイミングはいつ到来するのであろうか。筆者は日朝国交正常化交渉が本格化するときと見ている。その根拠は、1965年の日韓基本条約にある。同条約第3条では、〈大韓民国政府は、国際連合総会決議第百九十五号(III)に明らかに示されているとおりの朝鮮にある唯一の合法的な政府であることが確認される〉と規定されている。

 日本が北朝鮮と外交正常化するということは、朝鮮においては大韓民国だけでなく、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)も合法的政府であることを認めることになる。

 このときに日韓関係が全面的に見直され、新たなゲームのルールが構築されることになる。

(作家・元外務省主任分析官)

(琉球新報 2019年9月7日掲載)