米軍、占領期の特権維持 「合意議事録」の撤廃を 山本章子(琉球大講師)〈地位協定への視座 最近の研究から・上〉


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 全国知事会や米軍基地が所在する都道府県でつくる「渉外知事会」が日米地位協定の改定を提起している。県も欧州での調査を踏まえ改定や国内法適用による米軍活動の規制を求めてきたが、日本政府が米側と交渉に乗り出す気配はない。改定(改正)の可能性はあるのか。見直すべき点はどこなのか。地位協定に関する著書をことし発表した2人の識者に聞いた。

山本章子

 琉球大学の山本章子講師(国際政治史)は日米地位協定を分析した近著で、1960年の地位協定締結とともに作成された「合意議事録」の存在に着目した。「日米地位協定が合意議事録に基づいて運用されることで、占領期の米軍の特権が引き継がれてきた」と強調し、長年国民に知らされず事実上の「密約」として機能してきた合意議事録の撤廃を提唱する。

 60年に日米行政協定から日米地位協定に改定された際に結ばれた合意議事録では、地位協定の本文から見えないさまざまな「特権」を米軍に認めている。その存在は当時の官報に掲載されたのみで、長く光が当てられてこなかった。

米軍が事故現場封鎖

 合意議事録の問題が浮き彫りとなった事例の一つが、2004年8月に沖縄国際大で起こった米軍ヘリ墜落事故だ。事故では米軍の現場封鎖により沖国大職員や県警、外務省の担当者さえ立ち入りが禁じられた。米軍機の事故現場で日本側が立ち入れないケースはその後も県内で発生し、地位協定改定を求める反発につながってきた。

 ただ、日米地位協定に米軍が基地外の事故で現場を封鎖できる根拠となる条文は見当たらない。一方で、合意議事録には日本側が「合衆国の財産について、捜索、差押え又は検証を行なう権利を行使しない」とあり、この規定が米軍に現場を排他的に占拠できる権限を与えていることが分かる。山本氏は「実際の運用が地位協定の条文通りではなく、合意議事録に基づいてきたことが問題だ」と指摘する。

日米両政府の思惑

 なぜこのような合意議事録が結ばれたのか。日米行政協定の改定交渉では、占領時代の名残を払拭(ふっしょく)し、米国と対等である印象を打ち出したい日本と、引き続き特権的な地位を保持したい米国が落としどころを探る。両者の思惑は、国会審議にかけられる日米地位協定とは別に秘密の合意議事録を作成し、米軍の既得権益を温存することで一致した。

 山本氏が合意議事録の撤廃を提案するのは、国会審議も経ず長く秘匿されてきたために大多数の支持が得られやすいことや、地位協定を改定する場合に比べて交渉の長期化が避けられることが理由だ。「合意議事録を撤廃し日米地位協定を条文通りに運用すれば、不完全ではあるが問題の大部分は改善される」

 県が取り組む地位協定の国際比較について、日本の不平等な状況を全国に発信する意味で有意義だと評価する一方で、「国ごとに異なる背景を無視して単純に有利、不利を比較しても改定実現の道筋は見えない」とも話す。

 日米地位協定を論じる際によく比較されるドイツやイタリアでは、冷戦後の米国の戦略変化を捉え地位協定改定に結び付けたが、日本ではそうならなかった。「日本では米国の要求に応える代わりに何を取るかという発想が出てこなかった」と見る。同時期の1995年には県内で少女乱暴事件が起こり、改定を求める世論が高まったが、日本政府は地位協定ではなく米軍普天間飛行場返還など沖縄の基地問題の解決で不満の沈静化を図ろうとした。その普天間問題は現在まで迷走が続く。

 NATO加盟国やフィリピンなどでは、米国との同盟関係を規定する枠組みと米軍駐留に関する取り決めが別だが、日本ではそれが日米安保条約に一本化され、日米同盟と米軍駐留がイコールの関係にある。日本側から地位協定改定を持ち掛けることは米軍撤退につながりかねず「日米同盟もなくなってしまうという恐怖がつきまとうので、取引ができない」という。

 米国務省の報告書では、受け入れ国が米軍の存在を必要とするほど、地位協定に関する交渉で米国が有利に立つという認識が示されている。これに照らせば、日本が交渉を有利に進める上で国民の大多数が日米安保を支持しない政治環境が不可欠となるが、現状の世論はそうなっていない。その意味でも、山本氏はまずは合意議事録撤廃から議論を始めることで、地位協定の問題点の解決を目指す必要性を主張する。

 (明真南斗)

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 やまもと・あきこ 1979年生まれ。一橋大学法学部卒業後、編集者を経て2015年に一橋大学大学院社会学研究科で博士号取得。18年より琉球大学専任講師を務める。ことし5月に「日米地位協定―在日米軍と『同盟』の70年」を刊行。県が設置した米軍基地問題に関する万国津梁会議の委員を務める。