主権力強化には条文改正が不可欠 協定は「世界最下位の一つ」 佐々山泰弘氏(上智大国際関係研究所客員研究員) 〈地位協定への視座 最近の研究から・下〉


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佐々山泰弘氏

 日米地位協定は1960年の締結からこれまで条文が改正されたことはなく、事件や事故が発生し地位協定が問題化するたび、日米は運用改善や補足協定締結で対応してきた。近著で国際比較から日米地位協定改定の可能性を探った上智大国際関係研究所の佐々山泰弘客員研究員は「米軍の活動に対する日本の主権行使力を強めるには補足的合意では無意味で、条文改正以外にあり得ない」と説明する。

日本は「有利度」下位

 佐々山氏が比較対象としたのは、米軍がこれまで千人以上駐留したことのある欧州、中東、アジアなど12カ国の地位協定だ。

 地位協定を裁判権によって類型化する国際法学者の手法に倣い、(1)米軍関係者の事件を全て米側が裁くより治外法権的な属人型(ジブチ)(2)基地とその周辺で発生した事件を全て米側が裁く属地型(イラク)(3)事件の性質により米国と受け入れ国の双方に裁判権がある両立型(NATO加盟国や日本など10カ国)―の三つに分類した。

 さらに(3)の地位協定について、受け入れ国の「有利度」を24項目にわたり点数化し順位付けしたところ、日本は10カ国中9番目(トップはドイツ、最下位は韓国)という結果になった。

 10カ国の比較で興味深いのは、冷戦終結前後から現在までに、日本を除く9カ国で地位協定の条文が改正され有利な内容を得たり、協定そのものが廃止されたりしている点だ。「改正のイニシアチブ(主導権)は常に受け入れ国側から発せられる」(佐々山氏)という。

 改正交渉の動きが生まれる要因は何だろうか。佐々山氏は国力の差や米国との交渉方式の違い、共通の防衛義務に関する貢献度など六つを挙げる。欧州で続いた「改正ラッシュ」には、そのうち脅威認識の変化が大きく影響した。

冷戦終結で見直し進む

 冷戦終結は安全保障環境を劇的に変え、欧州ではNATO地位協定に基づいて加盟国それぞれが米国と結ぶ地位協定の見直しが進んだ。ドイツでは全面改正により米軍の基地やその活動に対する国内法の適用を強化させ、イタリア、スペイン、英国でも改正の動きがあった。ギリシャやトルコは冷戦終結に前後して改正を経験している。

 一方、太平洋側ではフィリピンで独裁政権が倒れ、米軍撤退と地位協定破棄につながった。オーストラリアでは軍事情報の扱いに関する改正があり、朝鮮戦争から引き継がれた米軍の差別的特権が今なお色濃い韓国でも、裁判権に関する若干の条文改正があった。

 米軍引き揚げをちらつかせ交渉を有利に進めようとするのが米国の常套手段というが、佐々山氏は「受け入れ国側が『ではどうぞ出ていってください』と開き直ると、米国は途端に弱腰になることが歴史的に証明されている」と指摘する。

 しかし、日米同盟を最重要視する日本では、冷戦後も米国による安全保障の確約を優先する姿勢は変わらず、改定を求める政治潮流に結びつかなかった。脅威認識に照らしても、ソ連に代わり台頭する中国の存在は、日本が米軍を必要とする方向に作用している。

 こうした経緯を踏まえ、佐々山氏は米軍にほぼ制限のない軍事活動などを認める日米地位協定を「総合的には世界最下位の地位協定の一つ」と評しつつ、日本政府が改正に取り組む可能性は「極めて低い」と結論付けた。交渉を担う政治的意思が弱いことが理由だ。

 日米が交渉に乗り出す状況変化が生まれるかは見通せないが、佐々山氏は改正すべき点に日本の主権行使力の強化を挙げる。国内法で米軍の訓練を規制する欧州のように「米軍基地を日米で共同管理し、訓練区域の設定や米軍の訓練に日本側の同意を必要とすることなどが最低限の目標だろう」と強調し、そのために地位協定の条文改正は欠かせないとの考えを示した。
 (當山幸都)

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 佐々山 泰弘(ささやま・やすひろ) 1945年生まれ。就職情報などを手掛ける毎日コミュニケーションズ(現マイナビ)の社長を務めた後、2008年に一念発起して米コロンビア大に留学。帰国後も上智大の博士課程に進み日米関係や地位協定の研究を続ける。6月に著書「パックスアメリカーナのアキレス腱 グローバルな視点から見た米軍地位協定の比較研究」(御茶の水書房)を刊行した。