【辺野古訴訟傍聴記】日本政府の傲慢さは米統治下の軍政府と類似 比屋根照夫・琉球大学名誉教授


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比屋根照夫 琉球大名誉教授

 18日午後、玉城デニー知事は那覇地裁の原告陳述席に幾分緊張した面持ちで着席した。同2時半、知事の陳述が始まった。知事は国の強行的な辺野古埋め立て対する抗議と阻止の意思を強調した。さらに、自身が当選した昨年9月の県知事選の結果における民意の高揚に反すると日本政府を厳しく弾劾した。辺野古新基地建設への反対運動は既に20年余に及ぶ。知事の陳述を聞きながら、19世紀ドイツの先駆的な法学者イエーリングの「権利のための闘争」(村上淳一訳)の冒頭の一節を思い出していた。

 「権利=法(リヒト)の目標は平和であり、そのための手段は闘争である。~権利=法の生命は闘争である。~世界中のすべての権利=法は闘い取られたものである」。知事の陳述はまさに「権利」獲得のために闘った沖縄民衆の姿を基盤としていた。本来「私人」の立場にない沖縄防衛局が「私人」に成りすましているにもかかわらず、国は今回の訴訟でも再却下を主張した。「権利」の獲得を目指して闘う民衆の苦悶(くもん)には全く感知していない。知事が指摘するように、この裁判は国と地方自治体の関係を問うものであるはずだ。

 しかし、これまで国は、私人の権利救済を目的とした行政不服審査法を防衛局が用いて執行停止を求めた際に県と国の関係性を無視した。今回も私人の立場に立つ沖縄防衛局の主張を支持した。今回、争われる「関与」とは、国土交通相が身内である政府内の機関の紛争に対して、政府側の立場で判断する一連の行政行為をいう。

 思えば、このような冷淡な「関与」の行使は復帰後初めてではないか。1950年代、米軍政府に反旗を翻す政治家の選挙権の剥奪・日本渡航の禁止など人権侵害があった。この「関与」という日本政府の傲慢(ごうまん)さは、当時の米軍政府と琉球政府との従属関係に類似している。

 この度の「関与」は法律の蓑(みの)に隠れて一見やわらかく見える。しかし、異民族による自治権剥奪と同民族政府の「関与」に一体どれほどの相違があるのか。われわれは今や、日本政府と、それに追随する法律家たちの無関心の壁を崩さなければならない。沖縄民衆の抵抗の精神はいかなる困難にもめげることはない。

(政治思想史)