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「やっと戻ってこられたね」 陸前高田・山田さんのおい誠さん、めい妙子さん


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報朝刊

 12年4カ月ぶりの「再会」だった。陸前高田市気仙町の山田ヨシ子さん=当時(83)=の遺族は2日、「お帰り。やっと戻ってこられたね」と遺影に語りかけた。
 おいの土木業山田誠さん(68)と、めいの山田妙子さん(74)=ともに同町=が取材に答えた。ヨシ子さんは若くして夫を亡くして震災時、1人暮らし。東京で働いていた誠さんは「足腰が丈夫。何とか逃げているだろう」と願ったが、ヨシ子さんの姿を見つけることはできなかった。
 実は2011年8月31日に同市の広田湾で見つかり、地元の寺に安置されていた遺骨がヨシ子さんだった。県警の調べで7月下旬、引き渡された。1週間ほど共に過ごし、地元の墓に納骨した。
 県立高田病院の薬局に勤めたヨシ子さんは物静かな性格で、水墨画や詩吟など多彩な趣味を持っていた。誠さんは「友達が多く、近所の人たちと、よく話していた」と面影を思う。
 気仙町の自宅を津波で流された誠さんが「どうしてもここで暮らしたい」と再建場所に選んだのは、ヨシ子さんとの思い出が多い地元だった。十三回忌法要を3月に終え、半ば諦めかけていた中で県警から身元判明の知らせを受けた。
 8月7日には伝統行事のけんか七夕祭りがあった。祭りに携わる誠さんは「叔母は祭りを楽しみにしていた。その前に帰ってきてくれた。見つかって良かった」と心が少し軽くなった。
 県内には行方不明の家族の帰りを待つ人たちがたくさんいる。妙子さんは「みんな心配だと思う。戻ってくると希望を持ってほしい」と思いを語った。