有料

「ハマス抹殺」前のめり イスラエル軍、人質危険に


「ハマス抹殺」前のめり イスラエル軍、人質危険に ガザ地区を巡る状況
この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報朝刊

 イスラム組織ハマスの大規模攻撃で、中東最強の軍事力を誇るイスラエルは近年例のない死傷者を出した。奇襲から14日で1週間。警備の手薄さや初動の遅れが批判される中、イスラエル軍はパレスチナ自治区ガザへの地上侵攻に向け、着々と準備を進める。ハマスは市民らを拉致したが、軍は「ハマスを地球上から抹殺する」(ガラント国防相)方針で、もはや人質の安全を考慮していないとの指摘もある。

 「われわれは国家と市民の安全を保証する責務を負う。軍はそれを守れなかった」。イスラエル軍のハレビ参謀総長は12日、奇襲後初めて公の場で語り、失敗を認めた。

 ハマス戦闘員は7日早朝、ガザを取り囲む「鉄の壁」を突破し、イスラエル側に侵入した。高さ6メートルでセンサーとカメラを備え、数百メートルごとに監視所を設ける。ネタニヤフ政権が誇るこの壁が29カ所も破られた。

 推定千~2千人の戦闘員が侵入した。音楽フェスティバルや境界沿いに点在する集落に向かい、拉致や集団虐殺が疑われる襲撃が相次いだ。ロイター通信によると、ハマスは2年以上かけ奇襲を準備した。

 壁が簡単に破られた原因として、兵士が少なく配置も偏っていたと指摘される。ユダヤ教の安息日の虚を突かれただけではない。ネタニヤフ政権はヨルダン川西岸のパレスチナ武装勢力対策を重視し、部隊を集結させていた。西岸から部隊を移動させるのが遅かったとの声もくすぶる。

人間の盾

 ハレビ氏は失敗を検証すると語る一方で「今は戦争のときだ」と強調した。イスラエルはガザへの電気や食料、燃料を遮断し「完全封鎖」。過去最大の予備役約36万人を招集し、ガザ境界付近に戦車を集結させた。ガザ北部住民に南部に避難するよう求め、民間人が退避できる回廊の設置も協議されている。

 地上侵攻は確実とみられるが、問題は130人以上いる人質だ。ハマスは分散して拘束しているとみられ、攻撃を避ける「人間の盾」としても利用。人質の「処刑」を警告する。兵士を含むイスラエル人のほか、外国人もいるが、無事に救出するのは至難の業だ。

 国民皆兵制のイスラエルの歴代政権は、人質となった兵士の奪還を最重視してきた。2011年にはネタニヤフ首相の下、ハマスに拉致されたイスラエル兵1人とパレスチナ人服役者ら1027人の「捕虜交換」取引が成立した例もある。

地域戦争

 だが国内治安機関シャバクの元幹部ドロン・マツァ氏は、ハマスの壊滅が軍の今の最大目標だと指摘。人質の安全は最優先課題ではなく「イスラエルは新たな時代に入った」とみる。AP通信によると、極右政党の党首スモトリッチ財務相は「ハマスに残忍な打撃を与え、人質のことは重視しない」よう求めた。

 イスラエルが地上侵攻に踏み切れば、ハマスに協力するレバノンのイスラム教シーア派民兵組織ヒズボラとの本格交戦に発展するとの見方も強い。既にレバノン国境では衝突が続発。内戦下のシリアやイラクにもハマス支持の親イラン組織が複数あり、急速に地域の緊張が高まっている。

 レバノンの国際関係専門家ムハンマド・ムーサ氏は、イスラエル軍のガザ攻撃が苛烈になれば「ヒズボラは参戦以外の選択肢がなくなる。地域戦争突入の兆しが出始めている」と語った。

 (エルサレム、カイロ共同)